263:見知らぬ来訪者
コンコン、とドアがノックされ、入室してきた誰かに、私は息を飲んだ。
どこかの令嬢らしかったのだが、私には全く見覚えがなかったからだ。
容姿自体は、王妃様によく似ている。髪も目も真っ白で、儚げな雰囲気を纏いつつもパッチリと開かれた瞳からは強い意志が感じられる。レッドリオ殿下にお姉様でもいれば、ちょうどこんな感じの――
「シィラ……」
ダークお兄様が漏らした一言を、即座に噛み砕いて理解できなかった。
「え!? シィラ様って、あの……!?」
「クロエ、失礼だぞ!」
仰天して思わず窘められるほど失礼な事を口走ってしまったが、それにしても変わり過ぎだ。ふくよかな体型や糸のように細められた目だった彼女とは、どうにも結び付かない。ダイエットにしても期間が短過ぎるし……魔道具もつけていないから変身魔法でもないわよね?
「逆ですよ、クロエ様。今までが擬態だったのです」
にこやかにそう告げる声は、確かにシィラ様のもので……いや驚いたわ。ゲームでも彼女がこんな美女だったなんて秘密は明かされていなかった。もし最初から今の姿だったら、果たしてモモは太刀打ちできたのかしら?
シィラ様は三人で話がしたいと言い、両親とシンを退室させた。……え、私も残るの? お兄様とはそりゃあ積もる話もあるだろうけど。当人は気まずそうに目を泳がせているが、私も逃げたい。でもまだベッドから起き上がるのが辛い。
「あの……さっきの続きですけど」
話があると言いつつ沈黙に襲われた現状に耐え兼ね、仕方なく私から切り出す事にする。
「シィラ様は常時認識阻害魔法をかけていたとの事ですが、何故そんな事を?」
「婚約が決められて以来、たまにわたくしたちは顔を合わせていたのですけれど、当時のダーク様は深い傷により心を閉ざしていました。わたくしの事も、恵まれた環境にいる者に自分の痛みは理解できないと」
あー……その深い傷って間違いなく私やムーンライト侯爵家の使用人たちから負わされたイビリによるものよね。ゲームでは触れられてなかったけど、従兄のブラッドの影響も大きい。
「確かにその通りだと納得したわたくしは、少しでもその『痛み』を理解したいと思い……後ろ指を差される状況を疑似的に作り上げたのです。
とは言え実家に迷惑はかけられませんし、生まれを偽る事も不可能。そこで手っ取り早く、認識される容姿に少々手を加えてみたのです。実物よりも、横に幅を取った感じに」
言われてみれば、顔の造り自体に大きく変わったところはない。いつもニコニコ目を細めていたのも、大きく見開いた時に瞳孔まで横長になっていればバレるかららしい。
うーん、普段からわざとバカにされるように振る舞うのって、芸人じゃあるまいし結構キツそう……お兄様のためにそこまでやるのか。
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