251:クロエ覚醒の裏側
「その水鏡に飛び込めば、貴女の魂は現世に戻り時が動き出します。そうなると一刻の猶予もありませんよ」
「うう……」
チェリーはこう言いたいのだろう……「キスに躊躇している間にロックは死ぬ」と。分かっている……分かっているけど!
(ロックの事は好きよ……大好き! キスだって、チャンスがあればそりゃあ……でもロックはモモが好きで! 私に、私なんかにされたら……)
ずーんと落ち込みかけていると、急に頬を挟み込まれ、チェリーに唇を奪われていた。
「!!?」
言葉にならない衝撃に呆然としていると、至近距離で悪戯っぽい笑みを浮かべられる。見た目は可愛らしいけれど、得も知れぬ威圧感に気を抜けば潰されそうな恐怖に襲われる。
「ね? どうって事ないでしょ、キスなんて」
「そ、そう言われましても……今の私は魂の状態で、貴女は女神じゃないですか」
同性で、王家の祖先で、神様で……この国全ての、母親とも言える存在。先ほど判明したヨルダへの妄執には正直引いてしまったけれど、それだって私を魂だけ受け継いだ『娘』として納得してくれた……はず。
「初代聖女様のキスは『祝福』の証でしょう」
「分かっているじゃないですか。貴女はこれから、私の代行者として事態を収めなければなりません。ロックを救いたいのなら、私情は捨てなさい」
ハッとして、現世の光景を見直す。そうだ、私は何のためにここに来たの。ロックを助ける力を手にするため。私のうだうだした迷いは、一旦置いて……覚悟を決めなきゃ!
「分かりました。彼は、私が助けます!」
そう宣言した瞬間、私の体が光り輝いた。白く照らされていく視界の中、チェリーが微笑むのが見える。
「さようなら、ヨルダ。そして……幸せに、クロエ」
その言葉を最後に、私の意識は一瞬飛んで――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
気付けば、私はモモとの戦いの場に戻ってきていた。
けれども神域での出来事が夢ではなかった証拠に、体から虹色の光が発せられたままだった。
「お嬢様、一体何が……」
私の異変に、シンが呆然としてこちらを窺っている。心配をかけさせたけれど、詳しく説明している時間はない。
「大丈夫よ、シン……もう大丈夫」
今、やらなきゃいけない事は分かっている。青白い顔でピクリとも動かないロックの頭を膝に乗せ、大きく息を吸う。頭の中に、チェリーの声が響いた。
『祈って』
僅かに彼の口を開かせると、私は息を吹き込んだ。
初めて合わせたロックの唇はやっぱり荒れていて、『芹菜』が怒り出しそうだ。だけどこんな時だと言うのに、私の心は幸福で満たされて……
(ロックは絶対に死なせない。私が、私の愛で彼の命を救ってみせる。貴方が誰を好きだろうと関係ない……さあロック、目覚めなさい)
神域に飛ばされる直前の、絶望など欠片もなかった。女神の加護を最大限に込め、必ず助けてみせると、瀕死の彼に生命力を注ぎ込む。やがて体から発せられていた眩い光は徐々に弱まっていき――
ロックの体が、ビクンと大きく跳ねた。
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※「がうがうモンスター」「マンガがうがう」にてコミカライズが連載中。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





