247:残酷な現実
「ヨルダ、貴女は悪役令嬢などではないし、魔女になるべき人でもありません。『神の愛し子』……いいえ、私と対等の存在なのですから。
モモ=パレットも本来ならば、私の分身として聖女の力を与え、貴女を支えるはずだったのです。全ては貴女を幸せにするために……
なのに彼女と第一王子は、まるでかつての私たちをなぞるかのように貴女を悪として踏み躙った……つくづく、失望しました」
私を抱きしめるチェリーの手が食い込んで痛い。今は魂の状態だと聞いたのだけど、それで身動きできないほどの力というのも、逃がさないという執念を感じられて何だか怖い。
「貴女の望み通り、ロックの命は助けましょう。神であれば、造作もない事。
いっそこれからは現世を捨て、共に手を携え神域で暮らしませんか?
ここには貴女を傷付ける者は入れない。今度こそ、ずっと一緒に居られます」
彼女は何を言っているのか。神域でずっと暮らす?
それは、死んでいるのと同じではないの?
「チェリー……あのね、聞いて」
「だから、だからお願いよ。あの時の事を許してほしいの……裏切ってごめんなさい。何もできなくて、レッドリオの言いなりになるしかできなくてごめんなさい。
憎まれても仕方がないのは分かってる。たとえその憎しみが私たちの国を、築き上げてきた歴史を滅ぼしたとしても……それでも貴女に会いたかった。もう一度、友と呼んで欲しかったの!」
彼女の慟哭に呼応するかのように、『聖女の髪飾り』が弾け飛んだ。銀の粒が水滴に変わり、辺り一面が水浸しになる。神域はチェリーが創造した世界なので、これも彼女の心情を表しているのだろうか。
(危険だわ。神が自分と同等の存在と、その幸せだけを求めている。ヨルダが望むなら世界を崩壊させるのも厭わないなんて……そんなの、まるで)
神どころか、魔女じゃないか。
けれどチェリーたちの時代には『聖女』の概念はなく、光と闇の二人の巫女がいた。元々闇の巫女だったチェリーにも、その素質があったのかもしれない。純粋な聖女だからこそ、魔にも染まりやすい……とは言え、王国の守護神がそれでは困る。
(モモを止めるためにはチェリーの協力は不可欠だけど、今の彼女にとって私は『ヨルダ』以外の何者でもない。『私』の声を聞いてもらうためにも、荒療治だけどまずは前提から覆さなくては……)
「初代聖女様、わたくしの声をお聞き届けくださいませ」
「どうしたの、ヨルダ。私たち、親友じゃない」
「いいえ、わたくしはクロエ=セレナイト。偉大なる貴女様の信徒にございます」
畏まった口調に、涙で潤んだ瞳を瞬かせるチェリー。どう見ても自分と同じ人間の女性にしか見えず心が痛むが、はっきり言っておかねばならない。
「貴女はヨルダの生まれ変わりなのよ?」
「ええ、ですが今のわたくしはクロエです。いくら魂が同じでも、記憶を取り戻したとしても、ヨルダだった頃には戻れない。異世界人の黒江芹菜が、わたくしとは別人であるように」
そうだ、芹菜は死ぬ直前に後悔と未練を残していた。本心を伝え合わないまま、置いていってしまう悲しみと寂しさ……
それでも、『死』はどうしようもなく世界から縁を断ち切る。前世の家族も、友人も恋人も……
たとえ輪廻をもってしても逃れられない宿命を、残酷な現実を、私はこれからこの哀れな女神様に突き付けなければならない。
「初代聖女様、わたくしはかつてヨルダ=ムーンだったかもしれない……ですが、それも過去の事。彼女はとうの昔に死んでいて、だからこそ今、わたくしがここにいるのです」
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