235:連れて来られた世界
ひっく、ひっく……
誰かが、泣いている。
ぼんやりしていた意識が覚醒してくると、そこは教室らしかった。らしい、とは私の知っている教室とは違っていたから。でも、わたしはこの光景をよく知っていた。
生徒たちは皆背が低く、年齢も十歳程度に見える。ちょうど、私がレッドリオ殿下と婚約した時期に近い。そして一人の女子が、花瓶が載せられた机を前にして泣いていた。どうもこれは、いじめの現場らしい。
周囲は彼女を遠巻きにするばかりで、慰めようともしない。私はと言えば、その中に交じって顔を顰めている女子生徒に引っ張られるようにして宙に浮かびながら見守っていた。前世の概念で言うなら、守護霊的な存在なのかしら。
(って、ここどこ? 私、戦ってたんじゃないの? ロックは??)
突然謎の空間に連れて来られて、私は何を見せられているのだろう。試しに無意識に私を引っ張っている子に触れようとするも、するりと通り抜けてしまう。周りの人間にも見えていないようだし……幽霊? 私、死んじゃったの?
「なーにやってんだよ」
その時、ガラリと扉が横にスライドして、同じ年頃の少年が教室に入ってきた。少女は驚いて泣き止むも、それに構わずさっさと花瓶を教卓に移動させると、彼は少女の手を取ってずんずんとこの場を後にした。
「ちぇっ、またあいつかよ」
「まあ、従兄妹同士だもんな。どうする?」
「親にチクられたらヤバいもんな。飽きたし、やめるか」
どうやら犯人らしき連中がヒソヒソ囁き合い、一人また一人と教室から出て行く。やがて私と繋がっている女子以外は誰もいなくなった教室で、親の仇のように花瓶を睨み付けると、彼女もまたそこを立ち去った。
(いじめ、か……)
私がやらかした、直近の罪だ。レッドリオ殿下に近付き、私の家族やお気に入りを誑かした泥棒猫として、モモを迫害したけれど。あの子も何かこのクラスのリーダーに目を付けられるような事をしてしまったのだろうか。
いや、わたしは知っている。いじめなんて被害者に直接原因がなくとも、くだらない事で簡単にターゲットにされてしまうのだ。そしてわたしの中には、そこから逃れるために周囲に溶け込みひっそりと息を潜めるしかない自分に対する嫌悪が渦巻いていた。
(怒り、悲しみ、無力感、やるせなさ……見ているしかできない自分が歯痒くて仕方がないのね。追放された後の道中で作り上げたわたしの人格が、魔女の誘惑に負けないよう発破かけてきたのも、ここでの記憶が影響していたのかもしれない)
そう、自覚せざるを得ない。
この世界は、私がクロエとして生まれる前にいた場所だった。
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※「がうがうモンスター」「マンガがうがう」にてコミカライズが連載中。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





