36:モモ、参戦
モモの体は一つだけ。幾多の男の心を虜にしようとも、その手を取れるのは一人。たとえ同じ女を愛する者同士、一時組んだとしても、愛を成就させるために一人以外を犠牲にしなければならない。
レッドリオにとって、セレナイト公爵家の嫡男ダークはその筆頭だった。元々右宰相の娘であり仮の聖女でもあったクロエは、立場的に最も王太子妃に相応しかった。それが一から探し直すとなると、権力や派閥まで考慮して選ばなければならない。ちなみに左宰相のブルーノ公爵家は、派閥から言えば第二王子寄りとなっている。息子はレッドリオの乳兄弟になるので次代で勢力に変動もあるだろうが。
それはさておき、レッドリオはこの家の息子であり第三の恋敵ダイの居場所を聞きに、打ちひしがれているダークを置いて夫人に会いに行った。
「ダイですか? いつもは訓練所なのですが、もっと鍛えたいと言い出して、遠くの上級者向けダンジョンに…」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の上映会、新たに加わったメンバーに、事情を聞いていない者たちは呆気に取られた。
自分たちにクロエの動向について警告し、この監視を行うきっかけになった聖女が、ブローチを嵌め込まれた鏡の前に陣取って座っている。
「レッドリオ殿下、これはどう言う事ですか?」
「ああ、モモがあの女の周辺が気になると……それよりキース、いつまでここにいるつもりだ。今更お前が監視に付き合ったところで、益になる事などないだろう。お気に入りの婚約者にご機嫌でも伺ってきたらどうだ」
王太子に決まって暇でもないだろうに、壁にもたれかかって面白そうにモモを眺めているイエラオを睨み付ける。
「ご心配なく、カナリアとは順調だから。それより僕としては、モモ嬢が結局誰を選ぶのかが気になるね。何せ真の聖女なんだから、王家としても放っておけないんだよ」
舌打ちするレッドリオとは違い、モモはイエラオの言葉にぴくりとも反応しない。特定の相手以外は存在しないかのようだ。レッドリオは溜息を吐くと、ブローチを弄って起動させた。
そこに映ったのは、薄暗い石壁だった。ぐるりと見渡せば、どうやら教会の屋根裏のようだ。梯子を使って下まで降り、宿屋に通じるドアを開けると、茶色いウィッグを着けたクロエが振り返った。
『おはよう、兄さん』
『おはよう…ございます、チャコ』
「本当にチャコと名乗っているんですね」
「ああ、本人に告げたが別に構わないと言われた。…彼女と仲違いをする事でもあったのか」
「……いいえ、心当たりは何も。ただのクラスメートです」
レッドリオの問いに答えながらも、モモの視線は鏡の中に貼り付いたままだった。