3:王子たちの思惑
聖女の選定が終わった後、聖教会の休憩室で許可を貰い、レッドリオたちはモモと合流した。できれば二人きりになりたいところだが、まだ恋人同士と言う訳ではない。彼女は本当に誰に対しても優しく、また誰もが彼女を慕っているのだ。あの性悪女を除き。
「モモ、これからお前には聖女としての使命がある。大変だとは思うが俺たちが協力するから、安心して欲しい」
「は、はい…ありがとうございます。それはとても嬉しいのですが」
目を泳がせるモモ。自分を虐めていたクロエを排除したと言うのに、浮かない表情だ。
「どうした、まだ心配事が?」
「クロエ様なんですが、本当にもう大丈夫だと安心していいのでしょうか? だってあんなにも…私に嫌がらせをするぐらい、ベニー様を慕っておいででした」
ベニーと言うのは、レッドリオのミドルネーム「ベナンド」からの愛称だ。親密になった証に、モモにそう呼んで欲しいと自ら頼んだ。クロエは頼んでもいないのに勝手に呼んでいたが、もちろん無視した。
モモの言葉に、レッドリオは嫌そうに顔を引き攣らせる。
「あいつがどう思おうが、もう関係ない。俺が愛しているのは誰が何と言おうとモモ、お前だけだ」
「でも……」
「お、俺だってモモの事は大好きだ。あいつがどんな汚い手を使ってこようと、俺が守ってやるから!」
モモの手を握り込み口説こうとしたレッドリオを、ダイが遮る。脳筋でさっぱりした思考も気に入っているが、恋のライバルとしては一歩も引けない。
「いずれにせよ、公爵家から勘当されては、彼女も下手に動けますまい。詳細はダークが聞いてくるはずなんですが…」
セイが静かに首を振る。こちらはこちらで、お互い右宰相左宰相の息子同士なのでライバルと言えるが、共通しているのは二人共モモに気がある事、そしてクロエが嫌いな事だ。
この部屋にいる男たち全員、モモを巡る恋敵であると同時に、彼女を守る同志でもあった。
やがて、クロエの兄であるダークが戻ってくる。
「クロエの修道院行きが決まりました。場所は公爵領にある、父と懇意にしている施設になります」
「温いな……勘当ではないのか。実質上の隠匿ではないか」
「どうせならナンソニア地方に押し込んでやればよかったのに」
「あの辺鄙で不便な場所か……山脈越えもあるし、なかなか王都には戻って来れまい。それならまあ、あの悪女の贖罪にはなるかもしれないな。絶対に反省などしないだろうし」
「ダッ、ダメです!」
追加制裁を加えようとする面々に、モモは青褪めて口を挟む。
「そのような境遇に追い込めば追い込むほど、クロエ様は私を逆恨みします。女の恨みを甘く見てはなりません」
虐められた私だからこそ、よく分かるんです。と言う彼女の主張には、実感が込められていた。心情としては、この程度の断罪では収まらないくらいなのだが、モモ本人からそう訴えられては何かしらの対処は必要だろう。
「ならば、監視を付けよう。クロエが不穏な動きを見せれば、即座に斬り捨てる。その役目は……シン、お前に任せる」
今まで無言で壁に寄り掛かっていたシンは、名指しされて息を飲む。
クロエの専属執事だった彼もまた、モモの優しさに触れ、密かに主を裏切って味方になった者だった。主への忠誠心もあったものの、最終的には嫌がらせの証拠集めに協力したのだから、普段クロエがどんな扱いだったのかは想像に難くない。
「護送先はナンソニア修道院に変更するよう、公爵に圧力をかける。背くならば娘と同罪だと伝えておけ。そしてシン…お前はあいつの護衛を買って出て、引き続きそのブローチで状況をこちらに伝えろ」
「……承知いたしました」
せっかくクロエの支配から逃れられると思った矢先に、モモから引き離されてまたも彼女に連れ回される事になったのは悪いが、上手くすれば自らの手で恨みを晴らせるかもしれないのだ。
それに、長年信頼していた手駒に裏切られたと知れば、あの女はどんな顔をするだろう? もっとも、明かされるのはクロエが反逆を目論んだと見なされた時だが。