123:お菓子作り②
朝の掃除を終えた私たちは、厨房に戻ってから朝食の下拵えや給仕を手伝いつつ、時間を見つけてはクッキー作りを進めていく。
「おっ、チャコちゃん菓子作りか? ロックのやつ喜ぶぞ」
「やだ、おじさんたら」
寝かせておいたタネを麺棒で伸ばしていると、厨房を覗き込んだ客から野次が飛んでくるので、愛想笑いを返しておく。どうしてみんな、ロックにあげるって分かるのかしら……彼は私の婚約者でもなければ、女の子に騒がれるほどの色男でもないのに。
首を傾げつつも、ナイフで適当な大きさに切り取るが、なかなか上手くいかない。この世界にもクッキー用の型はあるんだけど、田舎ではお腹が膨れればそれでいいって事で、ほとんど出回っていない。ここも立ち寄るの、武骨な冒険者だしねぇ……
「まあ、こんなもんでしょ。女将さん、クッキングペーパーはあるかしら?」
「そんなの使うのかい? 悪いねえ、置いてないんだよ」
ええっ!? と驚いたけど、ここ一週間で見てきたところ、宿屋では消耗品はできるだけケチる傾向にあったのを思い出した。あれがないとクッキーがくっついちゃうわよ!?
仕方なく天板にバターを塗り、クッキーを並べていく。そしてオーブン釜に火を点け、天板を入れて扉を閉める。
(……そう言えば、わたくしは普段料理しないから見慣れないけど、わたしのいた世界でもこんなに大きなオーブンなんて見かけなかったわね)
前世では家庭用オーブンはせいぜい両手で抱えられる大きさだった。国外だと今の世界に近いかもしれないが、この形状の釜で思い出すのは本格的なピザを焼く時くらいだろうか。
(あとはそうね、外国の作品とか……絵本! お菓子の家の魔女が子供たちを食べようとして、逆に釜の中に閉じ込められて焼き殺されるのよ)
改めてそんな目でオーブン釜を見ると、ヒヤリとする。当時はこんな人一人入れるくらいのオーブンなんてあるかと思ったけど、縮こまった老婆や子供くらいなら入れそうなのだ。
(大丈夫、私は魔女じゃない。魔女になんてならない……)
このままじっと見つめていてもしょうがないので、焼き上がるまでの間、客室の掃除に向かった。心中、自分に言い聞かせながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「女将さん、どお?」
厨房へ戻ると、女将さんがオーブンから天板を取り出したところだった。見たところ、焦げてはいないようでホッとする。試しに串を刺してみたが、生焼けでもないようだ。
「あとは冷ますだけだけど、味見してみるかい?」
「はいっ!」
ケーキクーラーに移す前に、熱々のを火傷しないよう慎重に摘まみ上げ――
「……え?」
――た途端、クッキーはボロボロになってしまった。生地が柔らか過ぎたんだろうか。天板に貼り付いていたか、それとも……
「チャコ!? しっかりしな、味は悪くないし、タネもまだ残ってるから!」
「どうしました?」
女将さんの声を聞き付けたシンも顔を出し、私たちの様子を察したようだった。
「仕方ありませんよ、久しぶりでしたし……お菓子作りは難しいんです。また挑戦すればいいじゃ――」
「そうよね、これぐらいで負けてられますかっての! 女将さん、もう少しオーブン借りるわね!」
呆然としていた私は、早々に復活すると、二戦目に挑むべく残りのタネを睨み付けた。そうだ、落ち込んでなんていられない。ロックが帰ってくる昼までに、何としてでも成功させないと!
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