121:まだらな感情
「おはよう、チャコ」
次の日、顔を洗って浴室から出てきた私に、ロックが声をかける。
(やだ、私すっぴんなのに……ロックには泣き顔まで見られてるし、今更かもしれないけど)
首にかけたタオルで拭くふりをして、さりげなく顔を隠そうとするが、目敏いロックに指で目の下をつつかれる。
「よく眠れたみてぇだな。隈が綺麗に取れてる」
「いきなり何すんのよ! 貴方だってねぇ」
やめさせようとして、触れてきた手を握る。相変わらずガサガサの手。こんなのにドキドキするなんて、どうかしてる。
「それに、何よこの唇は! 血が滲んでるじゃない、お手入れぐらいしなさいよ」
「あがっ!」
同じ調子で口を引っ張り、指でなぞりながら神聖魔法をかける。
ラストバトルのイベントまであと半月ほどなのに、ここまで荒れていて大丈夫なのか。隠しルートであれば、モモとのロマンチックなキスが待っている。
(キス……)
むっ。
「いででででっ、いきなり何すんだよ!? 男なんだから別にいいだろ」
「身嗜みに性別は関係ないでしょ。貴方のはちょっと酷過ぎ」
いけない、つい熱くなって……だってロックって、頭はボサボサだし鞄はきたないし。ただでさえ素材に恵まれてないんだから、せめてずぼらだけでも何とかして欲しいのよね。そう、これはプレイヤーとしてのこだわりであって、他意はないから!
「それはともかく、今日は随分と早いのね? まだ朝食前なんだけど」
「ああ、今日は早朝からダンジョン攻略に行くから、シトゥム街でメンバーと待ち合わせして、そのまま直接向かう事になってる」
えっ、もう行ってしまうの? お弁当作る時間もないんだけど……
「ちょ、ちょっと待ってね!」
その場にロックを留め置き、バタバタと階段を駆け上がって自室から組紐を引っ掴むと、急いで戻ってくる。
「ぜい、ぜい……これ、持っていって」
「おいおい、大丈夫か? 息切れしてるぞ」
貴族令嬢は普段こんな全力疾走しませんからね! ここ数日の労働で少しは体力ついたと思ってたんだけど。ロックのツッコミを無視し、私は組紐を彼に押し付けた。
「これ……シンに編んだやつじゃなかったか?」
「あれからまた作ったのよ。ほら、ロックにはお世話になったし……色々。だからお礼がしたかったのよね。これも解呪の効果があるから、邪魔にならない場所にでも結んでおいて」
照れ隠しに早口で説明する私をよそに、ロックは手に取った組紐をじっと見つめていた。シンにあげたのとは違い、何故かまだら模様になってしまったそれ。あの時の色んな感情が混ざり合っているみたいで、そんなに凝視されると居たたまれないんですけど。
「んじゃ、ありがたく受け取らせてもらうよ。昼過ぎには戻ってくるから」
「……いってらっしゃい」
手を振って見送りながらも、私の頭には昼過ぎという言葉が刻み込まれていた。
ロックへの感謝は、あんな組紐一本で表し切れない。もちろん毎回お弁当は持たせているのだけど、もっと気持ちが伝わるような……例えば。
(久しぶりで自信はないけど、やってみるか)
その後、起きてきた女将さんに、私はある頼み事をしたのだった。
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