22:シンの疑惑
ロックが落ち着く頃には休憩時間が終わっており、厨房の後片付けと客室の掃除が待っていた。クロエと二人で協力して部屋を綺麗にする最中、シンは彼女に探りを入れる。
『お嬢様、あのロックと言う男は何者なのですか』
『あら気になる? さっき本人に聞けばよかったじゃない』
『逆にこちらの素性を聞かれては困るからですよ。それに、お嬢様はあの男をご存じでした』
『それもそうね』
クロエは頷くと、ロック=グリンダと言う男について語り始める。
彼女が知っているのは、隣国のグリンダ伯爵の養子で、『双剣のグリンダ』の異名を持つ冒険者である事。その名の通り、二本の剣から繰り出される斬撃の速さが特徴で、相手はしばらく自分が斬られた事すら気付かないほどの手練れだと言う。
故郷のパレット村については、案の定モモの弱みを握るために調べた事があるらしく、薬草や魔法薬の原料が獲れるなどの情報を持っていた。今では田舎呼ばわりこそしていないが、一度口にした発言が取り消される事はない。
『私が知っているのは、こんなところかしら』
『まだありますよね。お嬢様は一目見て、あいつがロックだと分かった。実際に会った事があるのではないですか』
『ないわよ、聞いていた特徴と一致しただけ! 何よ、いつになくぐいぐい来るわね。ははーん』
クロエがこちらにずいっと顔を寄せ、悪い笑みを浮かべた。仮とは言え、こんな邪悪な女をよくも今まで聖女などと認めていたものだ。接近されてシンは体を仰け反らせる。
『貴方、ロックに妬いてるんでしょう? 彼がモモ様の幼馴染みだから』
ぎくり、としたのはシンなのか、様子を窺っている監視組なのか。
『でも二人は三年間ずっと会っていなかったそうじゃない。どうする、今からでも王都に戻る?』
『お嬢様、いい加減にして下さい。確かに私はあの男に対し嫉妬しています。ですが……』
茶化す彼女の手を握り、じっと見つめるとクロエはびっくりして固まった。
『それはモモ嬢の関係者だからではなく……お嬢様に馴れ馴れしい態度だからですよ』
『シン……』
『出過ぎた真似をしました。けれど、お嬢様には果たすべき務めがあります。火遊びも、ほどほどに』
如何にもクロエを想っているかのような説得に舌を巻く。レッドリオ自身、モモから聞かされるまで彼はクロエの忠実なペットに違いないと思い込んでいたし、シン自身もそう振る舞っていた。彼が心の奥底に隠した本当の気持ちを見抜けるのは、真の聖女モモだけ。そのはずだ……
シンの忠告をどう受け取ったのか、クロエは握られた手を解き、諦めたように笑った。
『分かっているわ……安心して、私は誰のものにもならない。たとえこの身がどうなろうと、私の心は私のものよ』
誰も信じない。
クロエのその返答は暗に、こちらを拒絶しているようにも聞こえた。





