61:夢幻①
『待って……行かないで、伯爵様!』
『真の聖女……私の事は忘れてくれ。君には愛してくれる者も、輝かしい未来も待っている』
一度目のエンディングでは、追いかけるところで終わっていた隠しルート。今度はネットの情報を頼りに、選択肢はもちろんステータスまで細かく調整しながら進めてみた。するとスタッフロールが流れるはずの場面で、前回の続きが見られたのだ。
『そんなのいらない! 私、気付いたんです。今まで支えになってくれた人が……心に住んでいるのが本当は誰なのか』
今までとは言いつつも、グリンダ伯爵は学園在学中には欠片も出てこなかったんで、せいぜい数日なんだよな……まあ、隠しルート攻略する側にとっては支えになるターゲットなのは間違いない。
『……君に何もかも捨て去って、私と共に来る覚悟はあるのか? この私の、抑えてきた想いの全てを知れば、きっと君は後悔する。そうなったとしても、もう二度と離してはやれないが……それでも』
『私が選んだ事だもの。お願い、連れて行って。貴方と一緒ならどこでもいい。私がなりたいのは聖女なんかじゃなくて、貴方のお嫁さんなの』
今までの攻略対象とは違い、逆にモモの方がぐいぐい押しているが、伯爵はしつこいくらいに彼女の意思を確認してくる。思い返せば言い回しこそキザったらしいけど、本編中で伯爵にガチで口説かれた事はなかった……彼を攻略するルートなのに。でも本心ではベタ惚れみたいだし、可愛い女の子にここまでさせといてごめんなさいはないわよね。
やがてモモの想いを受け止めた伯爵は、彼女を抱きしめ、月夜の下で口付けを交わす。そのスチルがびっくりするくらいロマンチックで、わたしまでいい歳してドキドキしちゃったわよ。
……それはともかく、この時点ではグリンダ伯爵は仮面を外していない。という事は、未だに正体不明のままなのだ。マジか……知り合って日が浅い謎の助っ人相手にキスまでしちゃったんですけど。
わたしの疑問が届いたのか、モモはそこでついにその事を突っ込んでくれた。
『貴方の事、初めて出会った時から知っている気がしていたの。教えて、貴方は……誰?』
そうだ、誰なんだ一体。固唾を飲んで画面を見守っていると、グリンダ伯爵の立ち絵がスッと消えた。「ん?」と首を傾げていると、モモが驚きの表情を見せる。
『あなただったのね! ずっと、私を見守ってくれていたのね』
「え、何……バグ?」
『今まで隠していてすまなかった。君の未来を、縛り付けたくなかったんだ』
「ちょおおお、どうなってんのよ。二人だけで納得しないでよ!」
立ち絵が復活しても、グリンダ伯爵のグラフィックに変化はない。どうやら仮面を外したという演出らしいのだが、それについてモモは何一つ言及しなかった。正体についてもだ。
『ありがとう、これからはずっと一緒だからね……大好きだよ』
「あー、もう何なのよこれ!!」
スタッフロールが流れる中、わたしはゲーム機を放り出す。一応、エンディング中にチラッと素顔が映ったりしないか画面をこちら側に向けてはいたものの、別にそんな仕様でもなかった。スタート画面に戻り、おまけのグラフィック集で隠れキャラのページを確認したけど、見事に一枚だけ抜けていた。
「これでもダメか……攻略本買えば分かるらしいけど、さすがにそこまでするのは癪だしね。あーでも気になる! ヴェルデ先生じゃないの? あの変な髪の色で一番近いのはあの人なんだけどな」
さすがに虹色の髪なんて珍妙な頭で日常生活を過ごしているとは考えにくい。モモの事をよく知っている素振りから、ぽっと出の新キャラとも思えないのだ。仮面で素顔を隠していたし、あの髪もカツラであった可能性が高い。
(他はキャラの名前と髪の色が同じなんだし、グリンダ伯爵もそれで分かれば良かったのに……グリーンだ、だったら緑の髪じゃない? ハハッ……)
脱力しながら適当に思い付いた駄洒落を笑い飛ばしていると、画面はまた最初に戻っていた。聖女に覚醒した少女(まだ名乗ってない)が聖教会に見出され、パレット村に別れを告げるシーンだ。
【今日は王都から迎えが来る日……これから聖教会で修行を積んで、立派な聖女になるために頑張るんだ。私はナイフで木に名前を彫り、村で過ごしてきた日々を思い返す】
名前:「モモ」※デフォルト
これでよろしいですか? ▲はい いいえ
【我が家の木たちとも今日でお別れ……窓から外に出ようとして、木から落ちた事も、今となってはいい思い出ね】
???『おーい、モモ!』
【家を訪ねてきたのは、当時木から落ちた私を助けてくれたロックという男の子。私とは兄妹みたいに一緒に育てられてきた、一番仲のいい幼馴染みだ】
ロック『支度はできたのか? いつでも帰ってきていいんだぞ、お前が王都でちゃんとやってけるのか心配だし』
【ロックったらいつもそうやって子供扱いして。私だってやればできるんだってとこ、見せてあげるんだから。それじゃロック、お母さん、行ってきます。いざ、王都へ!】
チャラララ~♪ と軽快なメロディーと共にオープニング映像が流れる中、わたしは呆然としていた。緑の髪の、少年……頭はボサボサだし目はそんなにキラキラしておらず、ビジュアルも他のモブたちとあまり変わらない。いや、立ち絵すらなくあれで出番が終わっちゃうなら、下手すれば準レギュラー以下だ。そんな彼が、まさか……あれだけ苦労して、攻略本なしでは正体も分からないはずの隠しキャラ、グリンダ伯爵!?
「だとしたら……有りなの、これ? 暴動起きない?」
本人が実在したら失礼極まりない事を呟きながら、わたしはオープニングで颯爽とマントを靡かせる伯爵の後ろ姿を凝視していた。そしてあり得ないと思いつつも、心は完全にモモとシンクロし、正体がロックなのかを自分の力で確かめたい気持ちに囚われていた。
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