20:冒険者ロック
トイレと小屋の掃除が終われば、宿泊客が起き出す前に朝食の準備を始める。この時間帯には牛乳など山では手に入らない食材が街から運ばれてくるらしい。
薄汚い鞄からあり得ない大きさと量の牛乳瓶を出していく男を見て、クロエが目を丸くした。
『ロック=グリンダ…!』
『へっ?』
名を呼ばれて、男が手を止めてクロエを凝視する。ボサボサの緑の髪をした、何の変哲もない男だ。不審に思ったシンがクロエに訊ねる。
『知り合いですか、チャコ』
『う…ううん。名のある冒険者だから。まさかここで従業員をしているとは思わなかったけど』
『いや…まさかこんな山奥の宿屋で俺の顔が知られているとはね。俺は正式に雇われてる訳じゃないけど、ここの牧師さんには世話になったからさ。まあ恩返しで雑用やってるだけだよ。その代わり、ダンジョン攻略の時は宿を利用させてもらってるけど』
『そうなんだ』
にこやかに話すクロエは、有名らしい相手を前にして興奮したのか、少し顔が赤い。そこへずいっとシンが割り込み、クロエを引き離す。
『チャコ、仕事をさぼっては宿に置いてもらえませんよ』
『悪かったわよ、でもそんなに怒らなくても』
『怒りもしますよ、貴女が誰彼構わず色目を使っていては』
シンはこちらのクロエを口説けと言う指令を忠実に守っている。如何にも妬いてますと言わんばかりの態度に、クロエは戸惑いを見せた。
一方、ロックは女将に二人の事を聞いている。
『なあ、あの二人って恋人なの? 俺すっげー睨まれたんだけど』
『家から勘当された、元貴族の兄妹だってさ。それ以上の事はあたしも聞いちゃいないよ』
『ふーん、あんな綺麗な子がねえ……何かもったいないよな』
『何だい、興味津々かい? あんたには可愛い自慢の幼馴染みがいるんだろう』
『それが王都に行ってから、音沙汰がないんだよ。俺も引き取られてからは故郷に度々手紙を送ってるんだけど、あいつからは何も連絡が来てないってさ。
今頃、どうしてるんだろうな……モモ』
「『モモ!?』」
王子の部屋とスクリーンの中で、声がハモった。
モモ=パレットはカラフレア王国の都から離れた地方にあるパレット村出身と聞いている。クロエはその事をあげつらって散々彼女を田舎者呼ばわりしていた。ひょっとしてロックは、モモと同郷なのだろうか。
クロエの反応を見て、ロックはクロエが王都から来たと確信したのだろう。衝動的に彼女の腕を掴んだ。
『あんた、もしかしてモモを知ってるのか!? ピンクの目と髪をした、こうふわふわっとした子なんだけど、三年前に聖女の素質があるとかで王都に連れて行かれたんだ。
なあ、教えてくれ。モモは……俺の幼馴染みは今、どうしてる!?』





