34:周辺の散策
食後、案内された客室に少ない荷物を置くと、女将さんが風呂を沸かし直すと言ってくれたので、それまで宿の周りを散策する事にする。ダンジョン近くには弱い魔物くらいは普通に出るので、街はもちろん、こうした小さな宿にも結界が張られているはずだ。
「……?」
「どうされました、お嬢様?」
だが『クロエ』として修業を積んだ経験が語る。王都に比べてここの結界は、かなり脆弱だと。山道よりは瘴気は薄い……が、それでは小動物レベルの魔獣までは通してしまう。
建物周辺に張られる結界には、持続的な効果のために八つの聖石が使われる。大きな円で囲むイメージで、その中の八芒星の八つの点にあたる場所に埋め込むのだ。威力が弱まっている原因は、恐らく……聖石のどれかに、ヒビでも入っているのだろう。
(この問題、ゲームでは特に触れられてなかったわね。牧師様が勝手に解決したのか、問題が起きる前に魔女が倒されたせいで瘴気そのものがなくなったのか。でもわたしが魔女にならないのなら、モモはここには来ないか、もっと遅くなるかもしれない……となると)
「お嬢様?」
「はいっ? え、ええ何……?」
見目麗しい尊顔がどアップになり、思わず仰け反ってしまう。ひええ、顔が良い……尊い。不審な反応に眉根を寄せられたわたしは、慌てて取り繕った。
「何か深刻そうだったので声をかけさせていただいたのですが……差し出がましかったでしょうか」
「ううん、違うの。あのね……シンは教会で寝泊まりするって言ってたじゃない? わたしだけ部屋取ってもらってよかったのかなって」
「ああ……ただで泊めさせてもらって二部屋なんて、厚かましいかと思い遠慮しただけです」
厚かましくてごめんなさいね! いや、シンは監視係なんだし、あんまり離れてていいのかなと思ったんだけど、確かに女将さんのご厚意にあんまり縋らない方がいいな。ここは朝一番に、ずっと考えていた提案をしてみるか。
(気になる点もできたしね)
「そろそろお湯が沸く頃なので、お嬢様はお先に入浴に行かれては? 私も、もう少しぶらついてから戻りますので」
「そう? 大丈夫とは思うけど、気を付けてね」
腐っても結界が張られている場所に入れる魔獣なんてたかが知れてるし、シンも帯剣しているから心配いらないだろう。わたしはシンの言葉に頷くと、先に宿に戻らせてもらった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ひいいい、無理無理っ!」
湯船を覗き込んだわたしは、たまらず悲鳴を上げる。宿屋の浴室は今までとは違い、前世で言うところの薪を使った、所謂『五右衛門風呂』と呼ばれるタイプだったのだが……夕方に新しく汲み入れてから湯を張り替えておらず、その日の戦いを終えた多くの猛者たちが使った後で追い炊きしただけ、つまりめっちゃ垢が浮いていた。
聖教会では通常魔法の否定により、魔道具の使用は基本推奨されない。王都近辺ではある程度の恩恵は受けられるものの、田舎に行くほど教義は愚直なまでに守られている。よって風呂の湯も手間をかけて沸かさないといけないし、シャワーなど水しか使えない。
おまけにカビが取れてない上に、灯りの獣油ランプのせいもあって臭い。換気のために窓を開けたいところだけど、覗きが心配でもある。
(もうダメ最悪、耐えられない……)
吐き気を堪えて『浄化』を唱えると、一瞬浴室がキラキラ輝き、お湯のみならず床も壁も一気にピカピカになった……と同時に、フッと灯りが消えて真っ暗になった。
「しまった、魔獣の油だからそっちも消えちゃうんだっけ……まあいいや」
こうなると外からの光の方が明るいし、窓を開けても中は見えない。綺麗になった湯船に浸かりながら外の景色を見ていると、離れた場所でシンが背中を向けているのが小さく見えた。何やら小声で手に持った何かに話しかけているが……きっとお父様あたりに監視報告をしているのだろう。
「シン、貴方もご苦労様」
今日は特に色んな事があり過ぎて……ずっと懸念していた山賊の襲撃を退けたとは言え、心に大きなしこりが残った。張りつめていた緊張がようやく解けて、お風呂の中で寝落ちしそうな瞼を叱咤し、わたしは湯船から上がったのだった。
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