33:宿屋の裏側
山の中腹に辿り着いたわたしたちを待っていたのは、小さな教会と一体化した三階建ての宿屋だった。
(RPGの醍醐味、ダンジョン前の全回復&セーブポイント!)
ゲームでは山の真ん中にポツンとあったそれが、実際に目の前に存在する事に感激してテンションが上がる。虹クリは乙女ゲーだけどダンジョン攻略はRPG要素と言える。ストーリーそっちのけで戦闘面の優秀さで攻略対象を選ぶ人もいたなー……合体技が見たくて全員仲間にするってのも有りよね。
(――と、こんなところで感慨に耽ってる場合じゃなかったわ)
「シン、今から私たちは旅人を装うから、貴方も話を合わせてね」
普通に扉を開けようとするシンを止め、わたしはそう言い含めると前に出てノックした。
トン、トン
「いらっしゃい、何名だい?」
宿屋の女将さんらしき人が扉を開けてくれたので、わたしは事情……という名の設定を説明する。
「すみませんが、先程山賊に遭いまして、手持ちがないのです。部屋の隅でもいいので借りられないでしょうか」
「ああ、追剥から逃げてきたのかい。あんたらも災難だったね…まあこの辺じゃよくある話さ」
話を信じて同情してくれた女将さんは、わたしたちを中へと案内してくれた。迫力ある見た目だけど、お人好しで面倒見がいい人だ。
「一宿一飯ぐらい面倒みてやってもいいが、数日ともなると他の客がね……裏手に亭主が牧師やってる教会があるけど、泊まるだけならそっち使ってもいいよ。どうせほとんどお祈りなんて来ないんだから」
「ありがとうございます」
構造はゲームで見ていた通りだった。一階は受付と酒場、教会と繋がっているのは恐らく向こうのドア。客室は二階だろう。
酒場のテーブル席に座らせられると、女将さんが食事を持ってきてくれた。
「残り物で悪いけど……」
「充分です。助かりました」
固いパンとスープ……素朴ではあるけれど、食欲のないわたしにはありがたかった。山越えの最中に山賊に襲われた状況で、いらないと言ったら心配をかけてしまう。
他には、この国では見た事のない黒い飲み物があった。前世の知識でコーヒーなんだと分かるけれど、まさかナンソニア地方の宿屋で見る事になるとは。恋愛パートの食事シーンではやたら詳細が語られたくせに、RPGパートだと宿屋のメニューにはいまいち言及されないのよね。
前世では徹夜の友としてブラックを飲んでいたけれど、胃の事を考えてミルクと砂糖をたっぷり入れてもらう。口の中に懐かしい香りが広がり、疲れた体に沁み渡るようだった。
「ところで野暮な事聞くが……お二人は駆け落ちでもしたのかい?」
「彼は兄です」
藪から棒に女将さんに突っ込まれたので、即座に否定しておく。恋人設定でも別によかったんだけど、シンが嫌がるだろうと思って……噴き出されたのは、唐突だったためか、こっちはこっちで嫌だったからか。
「まあ大丈夫、兄さん? 初めて見る飲み物ですものね。この焦げ臭い…もとい、香ばしい匂いは煎り豆を挽いて粉にした物かしら」
「よく分かったねえ。これはコーヒーと言って南方じゃメジャーな飲み物だけど、王都に近いと馴染みがないかもね。詳しい詮索は避けるけど……あんたら貴族だろ? 粗末な服着てたって、立ち振る舞いが違うよ」
平民の兄妹で通そうかと思ったのに、あっさり見抜かれて拍子抜けする。でも気にした様子はなさそうだし、ここは事実に一部嘘を混ぜて話しておくか。
「おっしゃる通り、貴族でした。ですが私は先日、親に勘当されたのです。兄は私を一人で行かせられないと、付き添ってくれたのです」
正確にはまだ貴族籍を剥奪された訳じゃない。勘当はゲーム設定なのだが、修道院でのお務めを無事終えない事には帰れないのに違いはない。
……ごめんなさいお父様。理不尽に娘を追い出したなんて、勝手に悪者にしてしまって。
「そうだったのかい。何があったか知らないけど、こんな危ない山道を通らせるなんて、酷い親もいたもんだね。それに引き替え、あんたは妹思いのいい兄さんじゃないか。しっかり守ってやんなよ」
「え、ええ……はいもちろんです」
流れに逆らえず仕方なく話を合わせようとするシン。遠慮なしにバンバン背中を叩いてくる女将さんの距離感に、咽ながらも戸惑っていた。
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