表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
201/475

33:宿屋の裏側

 山の中腹に辿り着いたわたしたちを待っていたのは、小さな教会と一体化した三階建ての宿屋だった。


(RPGの醍醐味、ダンジョン前の全回復&セーブポイント!)


 ゲームでは山の真ん中にポツンとあったそれが、実際に目の前に存在する事に感激してテンションが上がる。虹クリは乙女ゲーだけどダンジョン攻略はRPG要素と言える。ストーリーそっちのけで戦闘面の優秀さで攻略対象を選ぶ人もいたなー……合体技が見たくて全員仲間にするってのも有りよね。


(――と、こんなところで感慨に耽ってる場合じゃなかったわ)


「シン、今から私たちは旅人を装うから、貴方も話を合わせてね」


 普通に扉を開けようとするシンを止め、わたしはそう言い含めると前に出てノックした。


 トン、トン


「いらっしゃい、何名だい?」


 宿屋の女将さんらしき人が扉を開けてくれたので、わたしは事情……という名の設定を説明する。


「すみませんが、先程山賊に遭いまして、手持ちがないのです。部屋の隅でもいいので借りられないでしょうか」

「ああ、追剥から逃げてきたのかい。あんたらも災難だったね…まあこの辺じゃよくある話さ」


 話を信じて同情してくれた女将さんは、わたしたちを中へと案内してくれた。迫力ある見た目だけど、お人好しで面倒見がいい人だ。


「一宿一飯ぐらい面倒みてやってもいいが、数日ともなると他の客がね……裏手に亭主が牧師やってる教会があるけど、泊まるだけならそっち使ってもいいよ。どうせほとんどお祈りなんて来ないんだから」

「ありがとうございます」


 構造はゲームで見ていた通りだった。一階は受付と酒場、教会と繋がっているのは恐らく向こうのドア。客室は二階だろう。


 酒場のテーブル席に座らせられると、女将さんが食事を持ってきてくれた。


「残り物で悪いけど……」

「充分です。助かりました」


 固いパンとスープ……素朴ではあるけれど、食欲のないわたしにはありがたかった。山越えの最中に山賊に襲われた状況で、いらないと言ったら心配をかけてしまう。


 他には、この国では見た事のない黒い飲み物があった。前世の知識でコーヒーなんだと分かるけれど、まさかナンソニア地方の宿屋で見る事になるとは。恋愛パートの食事シーンではやたら詳細が語られたくせに、RPGパートだと宿屋のメニューにはいまいち言及されないのよね。

 前世では徹夜の友としてブラックを飲んでいたけれど、胃の事を考えてミルクと砂糖をたっぷり入れてもらう。口の中に懐かしい香りが広がり、疲れた体に沁み渡るようだった。


「ところで野暮な事聞くが……お二人は駆け落ちでもしたのかい?」

「彼は兄です」


 藪から棒に女将さんに突っ込まれたので、即座に否定しておく。恋人設定でも別によかったんだけど、シンが嫌がるだろうと思って……噴き出されたのは、唐突だったためか、こっちはこっちで嫌だったからか。


「まあ大丈夫、兄さん? 初めて見る飲み物ですものね。この焦げ臭い…もとい、香ばしい匂いは煎り豆を挽いて粉にした物かしら」

「よく分かったねえ。これはコーヒーと言って南方じゃメジャーな飲み物だけど、王都に近いと馴染みがないかもね。詳しい詮索は避けるけど……あんたら貴族だろ? 粗末な服着てたって、立ち振る舞いが違うよ」


 平民の兄妹で通そうかと思ったのに、あっさり見抜かれて拍子抜けする。でも気にした様子はなさそうだし、ここは事実に一部嘘を混ぜて話しておくか。


「おっしゃる通り、貴族でした。ですが私は先日、親に勘当されたのです。兄は私を一人で行かせられないと、付き添ってくれたのです」


 正確にはまだ貴族籍を剥奪された訳じゃない。勘当はゲーム設定なのだが、修道院でのお務めを無事終えない事には帰れないのに違いはない。

 ……ごめんなさいお父様。理不尽に娘を追い出したなんて、勝手に悪者にしてしまって。


「そうだったのかい。何があったか知らないけど、こんな危ない山道を通らせるなんて、酷い親もいたもんだね。それに引き替え、あんたは妹思いのいい兄さんじゃないか。しっかり守ってやんなよ」

「え、ええ……はいもちろんです」


 流れに逆らえず仕方なく話を合わせようとするシン。遠慮なしにバンバン背中を叩いてくる女将さんの距離感に、咽ながらも戸惑っていた。



※ツギクルブックス様より書籍版、電子版が発売中。

※「がうがうモンスター」「マンガがうがう」にてコミカライズが連載中。

(自作PV→https://youtu.be/MH-fwoiSxfY)

※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バナーイラスト
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ