1:プロローグ
ゴトゴトゴト…と揺れる馬車の中、つい先程までカラフレア王国第一王子レッドリオの婚約者であったクロエ=セレナイト公爵令嬢は、ぼんやりと席に腰かけ、窓の外の景色を眺めていた。
その態度からは、聖教会の大広間で行われた断罪劇で見せた、ふてぶてしさやみっともなさが嘘のようだ。憑き物が落ちた……とでも言おうか。ただしクロエは出会った当初から傲慢でふてぶてしかったので、むしろ今が何かに憑かれているのかもしれない。
『お疲れですか、お嬢様』
気遣わしげにかけられた声は、クロエの専属執事シン=パープルトンのものだ。ちらり、とこちらを見遣ったクロエは、何がおかしいのか自嘲の笑みを浮かべた。
『まあね、今日は色々あり過ぎたから……こうなる事がもっと前に思い…至っていたら、色々と準備もできたんだろうけど。でもまあ、貴方がついてきてくれただけでもよしとしましょう。
…だけどシン、本当にいいの? 私なんかの護衛をわざわざ引き受けるなんて』
『何の事でしょう? 私はどこまでもお嬢様に付き従います』
『……別にいいけど。どこまでもとは言っても、さすがに修道院の中まではついて来られないでしょ?』
本日よりクロエは第一王子との婚約破棄、公爵家からの勘当の上、修道院送りになる。二人の乗っている馬車は、そのための護送だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
馬車に揺られながら無駄口を叩くクロエの姿が、壁に立てかけられた大きな鏡に映し出される。
それを顰めっ面か、あるいは無表情に見守っているのは、クロエの元婚約者で破棄した張本人である第一王子レッドリオ=ベナンド=カラフレア、彼の乳兄弟で左宰相の息子セイ=ブルーノ、将軍の息子で騎士見習いのダイ=ネブル、そしてクロエの兄で右宰相の嫡男ダーク=セレナイトだった。
彼らは王都を追放したクロエ元公爵令嬢を監視している。こちら側に寝返りレッドリオのスパイとなったシンが胸元に着けている魔法のブローチを通して。
このブローチに記憶させた映像と音声は、リアルタイムで離れた場所の受信用のブローチに送られ、鏡などをスクリーンにして見る事ができるのだ。
何も彼らは好き好んで追い出した罪人の動向を追っている訳ではない。これもひとえに、愛する真の聖女モモ=パレットの不安を少しでも取り除くため。そしてクロエが怪しい素振りを見せればすぐさまシンに命じて彼女を捕え、動かぬ証拠と共に今度こそ処刑台に送るためだった。
(強がっていられるのも今の内だ、偽聖女め……!)
ギリッと歯を噛み締める音が、第一王子の私室に響いた。