10:夢現①
『クロエ、彼女が新しいお前の母クララと、その息子ダークだ。挨拶しなさい』
『クロエ様、よろしくお願いしますね』
『……』
この日が来るのは分かっていた。一年前、お母様から新しい家族と仲良くやって欲しいとお願いされていたから。お父様も、宰相ともなる人がいつまでも妻がいないままなのは良くないのは分かる。だから後妻を迎えるのは仕方がないのだ……でも。
『クロエ!』
挨拶もせずに踵を返す代わりに、言いたい事は全部飲み込んで、わたくしは部屋に閉じこもりベッドに飛び込んだ。
わたくしのお母様は一人だけ。
わたくしの家族はお父様だけ。
お母様の居場所を奪って、公爵夫人面しないで!
『お嬢様、お労しい……私たちは貴女の味方です』
『あの泥棒猫、旦那様に媚を売って擦り寄った愛人の分際で厚かましい! 元は公爵家のメイドだったと言うではありませんか』
『奥様は先が短いからと、仕方なくムーンライト家の傍流を紹介したのですよ。そうでなければ、誰があのような汚らわしい平民風情など』
『お嬢様、誰が何と言おうと公爵家の正当なる後継者は貴女様です』
お母様の実家からついてきた使用人たちの慰める声が、ささくれ立った心に甘く浸透していく。
そうだ、あんなのただの愛人じゃないか。その子供にも平民の血が流れている……どうあがいても、わたくしの方が上なのよ! 惨めに這い蹲るべきは向こうの方だわ!
ああ、誰かを憎むってなんて楽なのかしら。何も考えなくていい……何も、考えたくない……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『第一王子殿下!』
駆け寄りたいのを堪え、なるべく見苦しくならないよう愛しの婚約者に声をかける。王城の廊下を歩いていた殿下は、いつもの冷たく見える表情で振り返った。
『あのっ、誕生日に素敵な贈り物をありがとうございました。大切に育てます』
『ああ……珍しく面白い話が聞けたからな。その礼だ。気に入ったなら何よりだ』
いつも婚約者に楽しんでもらおうと苦心していたが、普段は表情筋をピクリとも動かさない殿下が珍しく大笑いしてくださったのだ。そして誕生日プレゼントは楽しみにしていろと仰り……あれは本当に嬉しかった。話題は家庭教師のカツラが取れたってだけの、バカみたいな内容なんだけど。
『こちらこそ、殿下に楽しんでいただけるのが何よりのプレゼントですわ』
より可愛らしく見えるよう、手を組み合わせて上目遣いをすると、フッと笑われた。
(きゃあっ! 素敵!!)
麗しくも氷のような殿下に微笑まれただけで、溶けてしまいそうだ。こんな王子様と結婚して、ゆくゆくは王妃として共に国を支える……わたくしはなんて果報者なのかしら。
レッドリオ第一王子と婚約して以来、わたくしには聖女の修行に加えて王妃教育も課せられる事になった。毎日毎日繰り返される厳しいレッスンがあまりに辛くて、帰ってから鬱憤をお兄様たちにぶつけていたけれど、こうしてたまにお会いして言葉を交わす度に、わたくしは報われた。
そうだ、わたくしは将来の王妃。お父様の自慢の娘で、レッドリオ殿下の婚約者なのよ。将来右宰相となったお兄様が、王妃のわたくしに跪く……そう考えると公爵家の跡取りの座をくれてあげるのも悪くないかもね。
『どうした、気持ち悪い笑みを浮かべて』
わたくしがほくそ笑むのを見咎めた殿下が辛辣な一言を投げかけたので、慌てて取り繕う。いけないいけない、婚約者ともあろう者が、みっともない様は見せられないわ。
『いえ、その……殿下はご家族や乳兄弟のセイ様に、『ベニー』と呼ばれてらっしゃいますわよね?』
『ああ、ミドルネームの『ベナンド』からの愛称だな。親しい者たちにはそう呼ばせている』
『それは……婚約者のわたくしも、そう呼ばせていただいても?』
殿下の目元が一瞬、ピクリと動く。弟君のイエラオ第二王子殿下とは王位継承権を巡り、派閥争いが起きていると聞く。この御方が心を許す相手は少ないだろう。わたくしとの婚約は、国が決めた政略かもしれない。だけど、だけど……
しばしの沈黙の後、大きな溜息が聞こえた。
『……まあいいだろう。好きにしろ』
『!! あ、ありがとうございますっ!』
『ただし、呼ぶ場所は弁えろよ』
『はいっ、ベニー様!!』
殿下――ベニー様のお許しに、天まで舞い上がる心地だった。
分かっている、彼にとってこれは誕生日を口実にした、ただの気まぐれなのだと。それでもいい、これからゆっくりと親睦を深め、いつか真心が本物になってくれれば。
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