イエラオ=キース=カラフレア⑰~繰り返される歴史~
※誤字報告で「方を付ける→片を付ける」とのご指摘がありましたが、調べたら両方合ってました。
今回はより読みやすい方をという事で、「片を付ける」に修正しておきます。
それからどうやって自分の部屋に帰ってきたのか、よく覚えていない。
気が付けば魔力切れで中身をくりぬきインテリアにしていた魔界南瓜に胃の中のものを戻してしまっていた。コーヒーが体質に合わなかったという訳じゃない。
「ゲホッ、カハッ、……はあ、はあ」
カラフレア王国の歴史の真実は、思ったよりもありきたりだった。国が興る時にはどこにでも起こり得る話だし、禁書に書かれてある事とそう変わらない。なのに、聞く前にはなかった、腹の中に石でも詰められているような感覚が消えない。
「う……っ、どうしたらいいんだ。どうしろって言うんだ」
問題は過去なんかじゃない。現在進行形で、血塗られた風習が名前だけ変えて続けられている事を、知ってしまった。
聖女とは、生贄だった。
一人に瘴気を吸収させ、耐えられなくなれば魔女として倒す。もう一人は、共犯者だ。
父上は知っていた。知っていて、クロエ嬢を犠牲にしようとしている。今の彼女は前世を思い出したので、そう簡単には闇に囚われたりしないだろうが、そうするとどうなる? 役目が逆転するだけだ。クロエ嬢が聖女に、モモ嬢が魔女になるだけ。
こんなものが、少女を犠牲にして成り立つ平和なんて、正義であっていいはずがない。こんな国なんていっそ――
「ダメだ!!」
言えない、誰にもこんな事……今更明かせる訳がない。聖教会だって自分たちの存在意義を揺るがす行為は、たとえ王太子であろうと許さないだろう。王家が作り出した聖教会の権力は、最早王家を飲み込むまでになっている。
それに今、権威となっている聖女を、聖教会を壊して何になるんだ。そうなって喜ぶのは誰だ? 国家解体を目論む者たちじゃないか。柱を失えば多くの民が犠牲になる。一朝一夕で国家のシステムを作り直すのは不可能だ。
ああ、辛い……聞くんじゃなかった。クロエ嬢とモモ嬢のどちらかが、魔女になるしかないなんて。そりゃ、どっちも好きではないけど、だからって破滅して欲しいほど嫌ってる訳じゃない。今までは『仮の聖女』一人で祓い切れる濃度の瘴気だから問題なかった。だけど今、条件が揃ってしまっている。歴史が、繰り返される。
僕は王太子として、受け止め切れるのか? この罪の重さを。父上も忘れていいって言ったじゃないか。そもそも二人共、兄上の婚約者候補だ。『ゲーム』では本来、兄上が王太子になるはずだった。
「兄上なら……どうしていたかな」
聖女の真実を知れば、どう思っただろうか。潔癖なあの人の事だから、王家の闇を許さず聖教会を潰していたかな? あるいはクロエ嬢にとどめを刺す大義名分にしていたかもしれない。
でもそうなれば、ムーンライト侯爵家は間違いなく離反する。もう限界なのだ。父上が問題視していないのは、反乱が起きても押さえ付けられると踏んでいるのだろうけど……何も武力で来るとは限らない。誰にも気付かれぬほど静かに、長い時間をかけて行われる破壊工作だってあるのだ。
兄上には任せられない。上辺だけの分かりやすい、綺麗な世界しか見えていないのだから。
(カナリア……)
愛しい婚約者の顔が思い浮かんだ。クロエ嬢が前世を思い出した時には、彼女を助けて欲しいと書かれていた手紙……僕は首を振って甘えを振り払った。
「いや、これは僕がやるって決めたんだ。王太子になって、決断しなきゃ……」
改心したクロエ嬢か、初代に選ばれたモモ嬢か。どちらかを選び、その結果を背負わなければならない。重い……何百年分もの闇に押し潰されそうだ。勝手にボロボロ溢れてくる涙を拭いながら、漏れそうになる嗚咽を飲み込んだ。
(助けて、誰か気付いて……誰か!)
朧げな意識の中で、桃色の髪が揺れている幻を見た。彼女に呼びかけようとして紡いだ名はモモ嬢ではなく、何故か婚約者のもので――
「殿下!!」
ハッと覚醒すると、サンドに抱え起こされていた。床に倒れて眠ってしまったらしい。気付けば朝の光が窓から差し込んでいる。
「あーごめん……寝てた」
「心配かけさせないで下さい、心臓が止まるかと思いました……お体の具合が悪いのでしたら、今からでも着替えてベッドに……」
「いや、すぐに父上に会わないと。湯浴みの用意だけしてくれる?」
浴室に入り、鏡を見れば酷い顔色だった。聖教会侵入の際に覚えた化粧でもしていこうかな。コンシーラーを使えば隈は隠せるよね?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
降臨祭に向け、城も聖教会も学園も大わらわの中、僕らは生徒会の準備の合間を縫って新聞部で作戦を練っていた。全てはこの日に決着を付ける。ここから先は『ゲーム』にもない現実の戦いだ。
シィラからは、ダークの事はホワイティ辺境伯家にお任せ下さいと連絡が来ている。どうやらダークは以前、家庭教師だった女性にヒメモモバナの香水で魅了されていた過去があるそうで、彼からの手紙から香る匂いで今回も同様の状態に陥っている可能性があるんだとか。
そう言えば、以前右宰相がヒメモモバナの精油を規制したって言っていたっけ。あれは香水の原料だったのか……『ゲーム』でもマゼンタ伯爵夫人を巡って妹と対立していたけれど、裏が分かれば一概にクロエ嬢の癇癪とも言い切れない。
シィラは現在彼が持っている香水は違法の可能性があるので販売ルートを探っているようだ。たぶん、モモ嬢が誕生日に贈ったやつだと思う……けど安易に『ゲーム』の知識だけで決め付ける訳にはいかない。この件は彼女に一任するとして……ダークが真実を知った時には、僕も彼を試そうと思っている。ちゃんと妹と向き合えるのか、クロエ嬢がどれだけ変わったか認められるのかを。
ミズーリ嬢は最近、人が変わったように生き生きとした表情を見せるようになった。どことなく……と言うか明らかにモモ嬢を意識している。
「殿下からいただいた、『ゲーム』情報を参考にしてみましたの!」
『ゲーム』でのセイルートではウォーター伯爵家と敵対し、婚約を破棄するのであれば爵位を返上し、今後は外交にも一切手を貸さないとまで告げられる。これにモモ嬢は反発し、彼が荒れていた生活から立ち直り、誠実に生きようとしているのを認めて欲しいと力説する。そして本気の誠意を証明するため、降臨祭における売り上げ対決でタッグを組んでミズーリ嬢に挑むのだ。(勝てば伯爵家とはビジネスパートナーとなりセイと結婚。負けるか勝負がつく前に他の女性と関係を持てば、以後二人は接触禁止の上、セイはミズーリ嬢と結婚させられる)
……これだけ無茶苦茶な理屈が通るのも、彼女が聖女だからだ。魔法による魅了効果などなくとも、権威のなせる業と言えるだろう。
ミズーリ嬢の策は、このセイルートの要素をふんだんに盛り込んだ搦め手だった。隠しルート攻略で全員いい友達のまま進めようとしているモモ嬢は、まさか裏でセイルートが進行しているなど思いもよらないだろう。でもこんな短期間で、賭けに勝つなどできるのだろうか?
「降臨祭で一気に片を付けますわ。これを使って」
ドン、と机に置かれた瓶を見て、僕らは目を剥いた。グリンダ伯爵もお土産に持ち帰ったという、ヒメモモバナの薬用酒。不妊やマンネリの夫婦生活にお悩みのカップルに好評な商品で、効果は強度の魅了、幻覚、催淫効果……副作用もなくすぐに切れるとは言え、これが合法なんだから世も末だね。
「性急過ぎない? こんな強引なやり方じゃ、絶対納得してくれないと思うよ」
「とりあえず賭けには勝てます。セイ様も沸いた頭になってさえいなければ、すぐに気付けるはずですから」
「ねえ……以前から思ってたけど、セイのどこがいいの?」
政略結婚とは言え、ここまでコケにされてはやめた方がいいんじゃないかという気がする。もちろん、国の事情を度外視した上で聞いているのだが。
「顔でしょうね、やっぱり」
「えぇ……見た目だけ?」
「商売に大切な事はハッタリ……第一印象ですよ。商品を選ぶ際にも、見た目は重視されるでしょう? その点、セイ様は最高の広告塔ですわ」
セイからは『人形』呼ばわりされていたミズーリ嬢だが、彼女の方もセイを『商品』と呼んでいる。この二人は……案外、お似合いなのかもしれない。そしてセイは踏んではいけない獣の尾を踏み躙ってしまったようだ。まあ自業自得だよね。
最終決戦は『ゲーム』と同じく、イーリス山の上級者向けダンジョンを想定している。協力してくれたのはリンジー殿の夫で騎士団長のアップル伯爵。既に騎士団をシトゥム街に向かわせ潜伏させている。
僕は『ゲーム』について話したメンバーに、クロエ嬢にも『ゲーム』においてヒロインとしての経験があるため、彼女を聖女として持ち上げるつもりだと告げた。モモ嬢の事は伏せていたが、友人だっただけあってチャコ嬢は薄々気付いているのかもしれない。
「殿下、大丈夫ですか? 少しふらついてますけど」
「平気だよ。ここが正念場だから踏ん張らないと。チャコ嬢こそ、クロエ嬢が聖女として復帰すればモモ嬢の進退にも関わってくると思うけど……いいんだね?」
「まあ、複雑ではありますよ。演技だったとは言え、それなりの付き合いはありましたからね。
そうだ殿下、『洞窟の悪魔』の話はご存じですか?」
悪魔と聞いて、モモ嬢の魔女化を指しているのではないかと焦ったが、それとは無関係だったようだ。
「真っ暗な洞窟に火を灯せば、人はそこに悪魔の姿を見ます。けれどそれは本物ではなく、壁に映った影なのですよ。我々記者は、その火をおこして人々に影を見せるのが役割だと父から聞きました」
「……つまり新聞記事に書かれているのは真実ではないって事?」
一応、これからばらまく予定の情報は真実なんだけどな。
「人である限り、情報発信には思惑が少なからず混じるって事です。都合のいい情報の断片だけ見せて大衆を誘導する。敢えて悪い言い方をするなら『印象操作』でしょうか」
「まあ、そういう面はあるよね」
「だけど人々の中には情報媒体を疑う者が出てきます。壁に映る影ではなく、後ろを振り返って本物の悪魔を見る、そんな人たちだって必ずいます。今の貴方のように」
チャコ嬢の視線が、僕の顔から腕の方に下りていく。その前にサッと後ろで手を組む事で隠すと、彼女は何事もなかったように原稿に視線を戻した。
「何をお考えなのかは存じませんけど、貴方に倒れられたら国民が困るんです。あまり私たちを見縊らないで下さいね」
「見縊ってなんかいないよ。……でも、ありがとう」
隠していたつもりだったのに、お見通しだった事に苦笑いをする。当日になるまで、兄上たちには絶対バレる訳にはいかないな。それに、カナリアにも。
(国のためには悪にだってなってもいいけど、カナリア……君にだけは嫌われるのが怖いなんて、僕の臆病は最後まで直らなかったみたいだ)
今年の降臨祭が始まる少し前から、カナリアは我が国に滞在する事になっている。今までの僕なら久々の再会に胸躍らせていたところだけど……果たしてあの宝石のような眼差しを前に、最後まで笑っていられるだろうか。計画とは関係なしに、懸念しているのはそんな事だった。
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