97:許すべき者
『……どうだ?』
『ダメね、ただの砂だわ。たぶん、一度だけ即死を免れる効果があったんじゃないかしら。とてつもない浄化能力だし、それぐらいの事はできると思うの』
『はぁ……マジか。仮面も割れたし、滅茶苦茶怒られるな俺』
『フフッ。でも、これのおかげで「女神の祝福」が間に合ったのよ。さすがに死んだ人間を生き返らせる事は神様にも不可能だから……時間を巻き戻すのって、その代替手段なのかしら?』
二人は他愛のない世間話をしているようだ。和やかな雰囲気が、ブローチを通して感じられる。――と、ここでロックが改まった声色になった。
『だけど、本当にお前には感謝してもし切れねぇよ。ありがとな、モモを許してくれて』
『気にしないで……ねぇ、ロック知ってる? 女の子って好きな男の子のためなら聖女にも魔女にもなれるのよ』
『何だよそりゃ、おっかねぇ話だな』
『まあ、聞いてよ。私がモモを許したのは、ロックがそれを望んだから……こんな私を許して、救ってくれたのはロック、貴方よ。だから恩を返すためなら私、何でもしてあげたいの』
レッドリオの喉が、ごくりと鳴る。彼女の言葉の意味が分からない訳がない。以前のクロエも、同じようなセリフを吐いた事があった。『ベニー様のためならわたくし、どんな事でもしてみせますわ』と――実際のところはレッドリオなどではなく自分のためだったのだが。
(あの時とは違う……今のクロエなら、ロックが望めば本当に何でもやりかねんぞ。まさかロックの奴……乗る気じゃないだろうな!?)
焦るあまり、白い目で見てくるシンに気付かないふりをして、ブローチの音声を聞き逃さないように神経を研ぎ澄ますレッドリオ。しばらくしてロックは、盛大に溜息を吐き出した。
『あのなぁ、男に「何でもしてあげる」なんて気軽に言うもんじゃねぇよ。それに、恩に着るのは俺たちの方だろ?』
『あれくらい……わたくしがモモにしてきた仕打ちを思えば』
『んー、それじゃ頼みたい事があるんだけど……本当に、何でもいいんだな?』
確認する声に揶揄いの色を含ませるロックに、「あ、やっぱりできる範囲で」と言ったクロエの声が被さり、扉の向こう側から笑い声が聞こえてきた。ドア一枚を隔てると話し声はほぼ聞こえなくなるが、かなりの大声であれば別のようだ。
『そう難しい事じゃねぇって。モモを許してくれたついでと言っちゃなんだが、もう一人許してやって欲しい奴がいるんだよ』
『なんだ……そう言う事なら、お安い御用よ。でもシンやお兄様たちとはもう話はしたし……家族の事は時間がかかりそうだけど、他に誰かいたかしら? あ、ひょっとして給仕中にセクハラしてきたおじさん?』
『……お前だよ』
ロックの呟きに、クロエがぴたりと口を閉じた。動揺しているのか答えないクロエに構わず、ロックは続ける。
『お前って何かっつーと「私なんか」が口癖だし、あのモモがゲームだなんだと言い出した時には、この世界は現実だと反論しながらも、自分が悪役令嬢ってとこには同意してるように見えた。
本当は誰よりも……お前自身が、クロエ=セレナイトを嫌いなんだ』
『……』
重苦しい、沈黙。彼らの息遣いだけが聞こえている。やがてクロエはフッと息を吐き出すと、気の抜けるような笑い声を上げた。
『やだなぁ、どうしてロックは何もかもお見通しなんだろ。チャコの正体もいつの間にか知られてたし、やっぱり悪事はバレてしまうものなのね』
クロエはおどけた口調で嘆いてみせる。さながら、舞台上で悪役を演じているようなわざとらしさだ。それに対し、ロックが何の反応も返さずにいると、小さく咳払いをした後、開き直ったように吐き捨てた。
『ええ嫌いよ、大っ嫌い。こんな女、破滅して当然でしょ?』
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