89:痩せ我慢
シンの言葉に、クロエは不安そうに彼を仰ぎ見る。
「しっかりなさって下さい。私の知っている貴女は、そのような弱音を吐かれる御方ではない。いつものように『わたくしにかかればあのような田舎娘の一人や二人、蠅の如く叩き潰して差し上げますわ』などと高笑いをしてみせてはどうですか」
「……それは黒歴史よ、もう」
しれっと学園での暴走ぶりを暴露するシンに、クロエは赤面した顔を手で覆った。
「その……ゴホン、俺の幼馴染みなんで潰されちゃ困るんだが」
「ロック! 今のは王都にいた頃の話で……」
「分かってるって。心配すんなよ、モモはまだ誰も殺していないし、俺たちが殺させない。そうだろ?」
「おうよ、全然問題ないぜ!」
ロックの呼びかけに、その場にいた者たちは同意して頷く。中でも一番でかい声を張り上げたのがダイだった。ロックはさっきまで死にかけていたのだし、ダイは片腕を失ってしまったのだが、敢えて明るく振る舞っている。男たちの痩せ我慢に、ダイの隣にいたキサラは、微妙な表情で溜息を吐いた。
「やり直せるものならやり直したいところだがな……記憶を失くして愚行を繰り返すのだけは勘弁だ。私はもう、誰かのせいにして逃げる自分からは卒業する」
「お兄様……」
ダークは不機嫌そうに、空っぽになった矢入れを放り出した。彼に襲いかかってきたモモの髪や魔獣は、全てクロエの神聖魔法がかけられた『浄化の矢』で撃退したようだ。ダーク自身の腕もすごいが、妹の援護あってこそだと理解しているので、心中複雑なのだろう。
「ですが、こちらももう限界です。チャンスは一度きりだと思って下さい」
「セイ様……それは『魔神の盾』なのでは?」
セイたちがダメージを受けずに済んだのは、ミズーリを後ろに庇いながら掲げた盾のおかげだった。『魔神の盾』は上級者向けダンジョンの凶悪な魔獣から低確率でドロップするアイテムで、驚異的な防御力を持つ反面、一度装備すると外れなくなる呪いがかけられていると聞く。その盾も中心から亀裂が走り、今にも破損寸前だった。
「国宝級の激レアアイテムなので、できれば使いたくはなかったのですが……非常事態ですしね。それに、この盾を上回る呪いが既にかかっている場合は、無効になるようです」
「呪いって……」
苦笑しながら上げられたセイの手の薬指には、指輪がはまっている。……まさか、あれも呪いの範疇に入るのだろうか。セイの傍らで、実に楽しそうな含み笑いをしているミズーリの指にも、同じ指輪がある。女と言うものは誰であれ、色恋が絡むと恐ろしい姿を見せる。神話でしか語られなかった魔女は、案外身近な存在なのだと思い知った。
「ありがとう……私、必ずモモを助けてみせるわ。殿下、御命令を!」
「あ…? う……」
急にクロエからそう振られて、レッドリオは焦った。自分はどう言葉をかけるべきかとタイミングを計っている内に、彼女の方はもう持ち直し、指示を仰いでいる。計画の発案者はクロエだが、指揮官は王子であるレッドリオの役目だ。
「け…計画は続行だ。各自、配置につけ!」
「御意!!」
モモの攻撃で一度はその場から吹き飛ばされた面々が、その一言で一斉に動いた。
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※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





