10:悪役令嬢の人助け
『必要ないわ』
朝食の席でシンが馬車の件を持ち出すと、クロエは迷いなくそう言った。その日の朝食はパンとコーヒー、それにハムエッグ。こんな山奥までどうやって食料を運んでいるのか地味に気になる。
『しかし、いつまでもここで御厄介になる訳にもいきませんし』
『その事なんだけどね、シン』
フォークを皿に戻すと、クロエはじっとこちら(シン)を見つめてくる。
『私に課せられた罰は、これまでの慢心を悔い改め、慎ましい生活と慈愛の心を持って神へ御奉仕する事……でしょ? つまり必ずしも修道院である必要はない訳よ』
『ですが、第一王子からの御命令で場所は決められていて…』
『殿下は単に私への嫌がらせをしたいだけよ。馬車を送って欲しいなんて言ったら、嫌味の百や二百は覚悟しなきゃダメね』
正体を隠しているため、顔を寄せて声量を落としているが、ブローチは細かい音声もバッチリ拾っている。(ちなみに音量編集も可能)
レッドリオは嫌がらせ目的なのが向こうにバレていた事に羞恥で真っ赤になった。いや普通は分かるものなのだが、今までのクロエならどれだけ素っ気なくしようが全て都合のいいように受け取り、素直になれないだけだの愛の試練だの訳の分からない理屈を捏ねるのが通常だ。断罪される事でやっと、嫌われていたと気付いた結果だと取る事もできるが。
『まあ嫌がらせは置いといて。神への献身って所は聖教会でやってきた事と変わらないわ。どうせもう王都に戻れないなら、急いで修道院へ向かう必要もないでしょ。ここは罪滅ぼしも兼ねて、人助けでもどうかと思って』
罪滅ぼし? 人助け? あの傲慢令嬢クロエ=セレナイトが!?
もしも本人が目の前で大真面目に言った日には、何か悪い物でも食べたんじゃないかと疑いたくなる。そう言えば、同じ事をシンが聞いていたが、やはり付き合いの長い専属執事でもそう感じたのだろう。
『……何か気になる事でも?』
『昨夜、宿の周辺をぐるっと散歩したでしょ? 結界が弱まってかなり瘴気が濃くなっていたわ。小動物くらいの魔物なら侵入できそうなくらい……恐らく、結界に使われた聖石にヒビが入ってる。それに教会もボロくて訪問者がほとんど来ないから、神力がほぼないに等しいわ。こんな上級者向けダンジョンの前だからこそ、セーブポ…げふん、神の御言葉は重要なのよ。だから立ち去る前に、少しお節介が焼きたくなったの。これでも一時は、仮の聖女を務め上げていた身ですからね』
『なるほど、そうでしたか……しかしそれなら、尚の事王都に報告して浄化に来てもらっては?』
『ダメダメ、今の聖女はモモ様でしょ? わざわざこんな場所まで来るとなれば、宿屋周辺どころかダンジョン攻略まで依頼されそうじゃない。彼女の今のレベルでは荷が重過ぎるし、王都にとって聖女を危険に晒してまで重要視したい地域じゃないのよね、ここは。何より、殿下たちが来させる訳ないでしょうが』
滞在する理由は、結界が原因だった。それでも、世のため人のためを考えるクロエ自体違和感が拭えないのだが……これは絶対に女将たちに恩を着せて、手駒にする策に違いない。
それはそうと、彼女がモモや自分たちの事を冷静に分析しているのには驚いた。追放した罪人とは言え、足を失くした場所が危険区域となれば、場合によっては聖女を派遣する必要も出てくる。もちろんモモを行かせる訳もないが、その心情すら見抜かれているとは。





