最終話 バンドマンと学園クイーン
え……これ、告白してもいいの? 何かもう脳の処理が全然追いつかないんだけど……。
いいのか? 本当にいいのか? 言っちゃう? どうすんのこれ?
えーいっ! なるようになっちまえっ!
「す、好きですっ!」
い、勢いに任せて言っちゃったけど、次地獄に突き落とされる展開では? 天国見た後は必ず地獄だ。今までずっとこの繰り返しだった。
言ってしまった後で、大きな後悔が湧き上がってくる。
顔を上げた羽深さんの目が大きく見開かれる。
時が止まったのかと思うくらい羽深さんは固まったまま動かない――――――――。
「正解っ!」
っ!!
ん? 何かクイズ的に腑に落ちない展開だとかそんなこと考えてる余裕なんてない。
今奇跡が起こっているのだ。夢でなければ。夢なら覚めるなっ。
そんなことを考えているうちに、羽深さんの大きな瞳からぼろぼろと涙が溢れ出て落ちる。
「大好き。拓実君……」
涙いっぱいの目をしっかり開いて僕の目を見て放たれた囁きに、僕の感情も溢れ出さずにいられない。
彼女の瞳をしっかり捉えたまま言う。
「僕も……」
羽深さんが静かに瞼を閉じた。
プロフェッショナルDTの僕だけど、今の僕には分かる。分かるぞ。
迷いなく唇を重ねると、彼女もそれに応え応じてくれる。
確信はあったけど、どうやらまた正解だったらしい。
羽深さんと溶け合ってじーんと頭の中が痺れるみたいな感覚だ。
音楽以外にも、この世界にはこんな素敵で幸せなことがあったんだ。
羽深さんの涙も鼻水もごっちゃ混ぜでちょっとしょっぱかったりするけど、そんなの全然気にならない。汚いなんて微塵も思わない。だって今、羽深さんの何もかも全てが愛おしくてしょうがない。
そう、全てが。
僕らは改めて確かめるように抱きしめ合うと、時も忘れて愛しい罰ゲームに甘んじた。
僕らの足元から、影が長くどこまでも伸びていた。
そうしてお互いの気持を確かめ合っている内に、我に返ってみればすっかり陽が落ちていた。
僕らは慌てて、教室に戻ろうと脚を向ける。
「みんな待ってるかなぁ」
少なくとも僕のことを待っている人なんてどうせいないだろうことは分かる。
「今日は羽深さんが生徒会の用事で忙しいだろうことはきっとみんな分かってるから、みんな帰っちゃったかもね」
「うん……そっか。じゃあきっとみんな先に打ち上げ会場に行って待ってるかもね」
え、打ち上げって? クラスで打ち上げやる話は僕聞いてないし、メグもそんなこと言ってなかったんだけど? バンドの打ち上げのことを言ってるわけじゃないもんなぁ。
「アハハ。そうかもね……」
僕だけ知らされていない事実を自白するのも惨めなので、知ってたかのようなフリでやり過ごす。くっそ、モブってこれだからなぁ。扱い酷いわ。
だけど、つい先頃までの僕と違うのは、世界中が僕の敵だとしても羽深さんがいつだって僕の味方だってこと。その事実さえあれば、正直何にも悲しくなんてないね。
と、心の中で嘯いてみたものの、実際に教室に戻って誰もいない事実を突きつけられると、それなりの虚無感か寂寥感みたいなものは感じてしまうものだ。
「どうする?」
羽深さんに問えば答えは決まってるとでも言うばかりに胸を張ってこう返ってきた。
「バックレちゃう?」
「いいね!」
そう言って二人だけで笑い合い、学校を出た。
「じゃあ、今から何する?」
「わたしたちだけで打ち上げは?」
「それで行こう」
帰宅の路を急ぐ疲れ切った群れを横目に、高揚した心持ちで僕の足取りは軽い。
羽深さんの左手が先程からツンツンと僕の右手に当たる。
てか、心なしかコツンコツン……いや今やゴツゴツ……もっと言うとガシガシ当てられているっ!?
「ちょ、ちょっとぉ。ららちゃん?」
「あ、当ててんのよ」
でしょうねぇ。それは分かるけど、当ててんのよの使い方違ってません!?
な〜んて、プロフェッショナルのくせに、今日の僕は分かっている。
僕は荒ぶる羽深さんの手を捕まえて優しく握った。
彼女は頬を真赤に染めて俯いているけど、表情はいつも朝の教室で見かけるみたいに幸せそう。
そっか。羽深さん、毎朝僕と一緒の空間にいることを僕と同じく幸せで大事に思ってくれていたんだなぁ。と、今更噛み締めて感動が湧き上がる。
「ねぇ、拓実君? 好きな人と手を繋ぐって幸せ」
くぅっ。かわいいこと言ってくれるぅっ! 全面的に同意ですっ!
思いを言葉にする余裕もなく、僕はただただコクコク頷いて同意を表すよりない。
「恋人繋ぎってあるけど、私の実験によれば今みたいに普通に手を繋ぐ方が幸せかも。知ってた? 恋人繋ぎより、普通に繋いだ方が掌同士がピッタリ合わさるんだよ」
実験? だ、誰と実験を!? どこの不埒な野郎だっ。
「フフ。またおかしなこと考えてるでしょ、拓実君?」
バレている……。羽深さんには敵わないなぁ、ホント。それにしても実験、気になるし。
「あのね、拓実君。わたしずっと拓実君のこと大好き過ぎて、拓実君とデートするイメトレばっかりしてたの。変でしょ」
様子はとてつもなくかわいいが、本人が言ってる通り変です、はい。でも好き。
「そして水族館でついにデートが実現した時に、思い切ってイメトレしてたことを実践してみたの。やっぱり幸せだったなぁ。でもね、今はもっと幸せ……ウフフ」
羽深さんがそう言ってクスクス笑う。
「いやぁ、なんつーか。うん、いや。ららちゃんだったら何してたってかわいいっつーか……」
ついまた本音が口を突いて出てしまい、自分で言っといて恥ずかしくなる。だけどこっ恥ずかしいこと平気で言ってしまうのが恋ってもんじゃねーの。
羽深さんも更に顔を紅潮させて俯いている。
暫く歩いて、結局いつも利用しているファミレスで二人きりの打ち上げと相成った。
今の僕らには見慣れたファミレスの様子でさえ新鮮。世界のすべてが輝いて見えてしまう。
ごめんね、全国の童貞諸君。まぁ、何だ。今なら罪滅ぼしに爆発してやってもいいぜって気分だ。
「それにしても……」
僕は気になって仕方がなかったことを、訊いてもいいものかどうかずっと迷っていたのだが、テンションがおかしくなっていて抑えも利かないので、思い切って尋ねてしまう。
「学園のクイーンのららちゃんが、どうして僕みたいな冴えないモブ野郎のこと好きになってくれたの?」
「冴えなくなんか全然ないよっ、拓実君は!」
ちょっと怒ったみたいにそう言うと、羽深さんは思いもかけなかった高校受験当日の出来事から話してくれた。
受験に向かう途中、まかさ羽深さんに見られていたなんてまるで知らなくてびっくりしたのだけど、その後の話にもっと驚かされることとなった。
何でも羽深さんはそれ以来僕に興味を持ってくれたそうで、偶々最寄りの駅が一緒だったこともあり、いつも同じ電車に乗っていたそうだ。
とは言え通勤ラッシュと重なる時間帯で、僕の方はそんな羽深さんに気付く機会もなく時間だけが過ぎていったらしい。
羽深さんは僕への興味のあまり、帰宅路を僕の家まで付け歩いたことまであるそうだ。完全にストーカー紛いだが、ストーカーであるかどうかはされる側が迷惑かどうか次第、という面も大いに関係している。僕としては羽深さんからそんなに思ってもらえるなんて光栄でしかない。
そんなこんなで、やがて羽深さんは僕がドラマーのトラとしてちょくちょくライブ出演していることを知ったそうだ。まるで知らなかったんだけど、出演ライブにも何度か足を運んでくれたのだという。
そんな中、学校での取り巻き連中に疲れて独りになりたくて、早朝の空いている時間に通学してみたら、偶々僕もその時間に学校にいたそうだ。
前々から僕のことを想ってくれていた羽深さんとしたら、これは運命に違いないと思って、それから毎日早朝の電車に乗ることにしたそうだ。
あのイヤホンも、偶々じゃなくって僕の愛用してる物とお揃いにしたくて、わざわざ型番調べて同じ物を購入したそうだ。
奇しくもあの羽深さんが、僕が考えていたことややっていたこととそこまでシンクロしていたなんて、お互いに想像もしていなかった。
しかし羽深さんとしてはそこまで頑張って行動しているのに、プロフェッショナルな僕はまるで気付かない。僕の鈍感力のせいでへこたれて学校を休んだりしたこともあったとか。
確かに羽深さんが学校を休んだことがあったのははっきりと覚えている。まさかと思ったけど、そのまさかで本当に僕のせいだったとは……。自分のパーフェクトなまでの童貞力の高さが恨めしい。
その後どういうわけか羽深さんの話がおかしな生態の生き物の話になって、どんどんヒートアップ。何か彼女の話を頭の中でよくよく整理してみると、僕も珍動物の一種として分類されているんじゃないかっていう結論に行き着くのは気のせいだろうか。
ま、途中経過は色々と行き違いがありまくりだったとは言え、今はこうして晴れて憧れの学園クイーンと相思相愛の関係だ。終わりよければ全てよし。いや、むしろ僕らの恋路は始まったばかりか。
これからも色々と迷走しそうなお互いではあるけれど、今はこの幸せを噛み締めていたい。
「拓実君はわたしのことクイーンなんて言ってるけど、私に言わせたら拓実君は最高のバンドマンだし、なんて言ったって私だけの最高の王子様なんだからねっ」
ドヤ顔でビシッと言いきる僕のクイーン。
実に間の悪いことに、いつの間にかスタイル・ノットのメンバーたちが、ニヤニヤ人の悪い笑みを浮かべて羽深さんの後ろに立っていた。
「やっとくっついたか」
やれやれと言いたげにメグが声をかける。
「まったく世話の焼ける二人だったなぁ」
と羅門。
かなでちゃんは腹を抱えてあたふたしている僕と羽深さんの様子を見ている。
本郷君は紳士。
羽深さんは完全に固まってしまった。
「それじゃ、話もまとまったところで我らがスタイル・ノットの打ち上げ開始と行きますか」
まさかバンドの打ち上げ会場がここだったとは……。恥ずかしくていたたまれないが、その後僕と羽深さんをツマミに宴は深夜まで続いたのだった。
ま、こういうのも悪くない。
心が充実すると僻まずそんな風におおらかになれるもんなんだな。
胸いっぱいの幸せを感じながら、メンバーたちと心から笑い合ってその晩は更けていくのだった。
おしまい。
これにて物語はひとまず閉幕です。
体調面の問題と、その後全然書けなくなる謎のスランプに陥り、長い中断期間を挟みましたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
描ききれなかったサイドストーリーなど、もしお読みいただけそうなら、別途短編として投稿するかもしれません。もし、読んでみたいと思われる方がいらっしゃいましたらリクエストをお寄せいただければと思います。




