表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/84

第二十話 魔女のお宅で粗相は無しで

 どれくらいトイレに篭っていただろうか。

 トイレの外に首を出して周囲を見回すが羽深さんはこの辺りにはいないようだ。


 かと言ってホームに戻って手ぐすね引いて待ち伏せされたりしていても嫌だ。

 結局僕は一旦駅舎を出て今度は視界に入ったドーナツ屋で時間を潰すことにした。


 まったく何をやってるんだか。

 ていうかなんでこんな目に遭わなくちゃなんないんだよ……。

 って羽深さんに迂闊に関わっちゃったからだな……。


 今更後悔しても時間は巻き戻せない。

 クイーンのお戯れ。運悪く彼女の悪ふざけのためのおもちゃに選ばれてしまったことが恨めしい。なんであんな人のこと好きになっちゃったんだろう。


 うじうじ考えていたら曜ちゃんからのThreadが入った。

 そう言えば日曜日は曜ちゃんとデートの約束だったな。楽しいはずの予定だが今ひとつ気分が浮上してこないのは、羽深さんの件が尾を引いているせいだろう。


『日曜日、映画とかどうかな?』


 あぁ、映画か。まぁ、無難と言えば無難かな。デートなんてしたことないからどこ行ったらいいのやら見当もつきそうにないし。


『映画いいね。曜ちゃんは何か観たい映画ある?』


 と返しておいて上映中の映画を急いでリサーチする。曜ちゃんの観たい映画があった場合に話題に乗れるようにと、あと僕は何観たいかと尋ねられる可能性もあるかなと思ったからだ。


『タクミくんが観たいのあったらそれでいいよ』


 曜ちゃんの性格ならまずそう言うと思った。


『曜ちゃんが観たいやつあるんじゃない? それにしようよ』


『うーん(。-`ω´-)ンー それじゃあねぇー

 「魔女のお宅で急に便意」

 が観たいかなー ゎ‹ゎ‹(๑´ㅂ`๑)ゎ‹ゎ‹』


 なんじゃあそりゃーーっ⁉︎ ドーナツショップで盛大に仰け反ってしまった。

 曜ちゃん、映画の趣味が変じゃないか? さすがに話題にできるデータ持ってないわ。いやまあ、タイトルだけでどんな映画なのかは知らないけどもさぁ……。

 もしかしたら内容は意外にもハートフルな感動大作だったりするのかもな。まあいっか。


『じゃあそれを観よっか』


 別に観たい映画があるわけではないし、映画がつまんなくても曜ちゃんと一緒だったら楽しいだろう。


『ホント?(*≧▽≦)bb 楽しみっ!!』


『だね。待ち合わせとかはまた追い追い決めよう』


『りょーかい(*`・ω・)ゞ』


 ふふ。曜ちゃん意外にセンスが変だな。でもかわいい。

 怒りやら悲しさやらいろんな感情でごった返していた気持ちがかなり落ち着いた気がした。


 さてと。さすがにもう大丈夫だろう。僕は席を立つとようやく家路に就いた。

 ホームに降りるときには一応慎重になったが、さすがにもう羽深さんはおらずホッとした。


 電車に揺られながらふと、ぴったり羽深さんと肩と肩が触れ合ったあの感触が脳裏に蘇って堪らなく切なくなる。

 あの時の羽深さんの様子はとても僕を弄んで傷つけようなんて風には見えなかったよな。時々悪戯っ子みたいな表情をすることもあったけど、悪意のあるようなものじゃなく、本当に無邪気なものだった。


 自宅の最寄り駅に電車が到着したところに不意を突くように僕を待っていたのは、またもやスマホを握りしめて食い入るように見入っている羽深さんだった。


 何をやってるんだこの人は⁉︎ まさか僕を待ち伏せてるわけじゃないよな。この上どんな仕打ちをしようって言うんだよ。


 車窓から様子を窺っていると、電車が停止したのを合図に顔を上げてキョロキョロと乗降口を確認している。やはり僕のことを待ち伏せていたのかもしれない。


 気は重かったがわざわざ乗り過ごすのも癪なのでそのまま羽深さんのことは見なかったことにして電車を降りた。


「拓実君!」


 案の定見つかってしまい呼び止められる。

 しかし僕はその声を再び無視して改札へと向かった。


「拓実君!!」


 声がさっきより近くなっている。僕はそのまま構わず歩みを進める。僕なんかにもう関わらないでくれ。僕はあんたのおもちゃじゃないんだ。そんな苛立たしい気持ちがまたむくむくと頭を(もた)げる。


 グッと右手が引っ張られた。羽深さんに追いつかれたようだ。

 でも僕は振り返る気にもなれずに右手を掴まれたままなす術なくその場に立ち尽くした。動くこともできなければ声も出せない。まるで何かの呪縛にでも囚われたかのようだ。


「拓実君……ごめんなさい。わたしのせいで嫌な思いをさせてしまって……。でもわたしは本当に拓実君とな……」


 それ以上聞いていられなくて僕は掴まれた右手の呪縛を振り払ってまた逃げるようにして羽深さんの元を離れた。


 謝罪の言葉も言い訳も聞いていられる心情じゃなかった。聞いたところで今更どうしていいか分からない。器の小さい男かもしれないがあんな風に幸せの絶頂からどん底に落とされるのは正直堪える。

 モブキャラだって人権くらい主張したい。


 登らなければ降りる必要はないし、それでも山は山のままだ。

 ただあの絶景だけは、登ってみないと見られないけれどもな……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  ご投稿お疲れ様です。  クイーンに試練ががが。 神様(著者様)は自分の創造したキャラに厳しいのです! もっとやれ。 巧実くんはオラは怒ったぞしていい。 目指せタイトル詐欺!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ