第十話 女心の機微についてだれか教えてプリーズ!
レコーディング二日目。
朝から快調に録音が進む。
僕とメグのコンビネーションもいよいよ調子が上がってきて、今の自分たちの最高のプレイができている自信があった。
午前中のうちに三曲録り終えることができたのでかなりいいペースだ。これなら午後一曲録って、あとは音作りについてエンジニアの人とじっくり詰めていける。
もちろん最終的な音作りは他のパートを録り終えてからのミックスダウンの段階になるのだが、おそらくその段階で僕らは呼ばれないと思うので、今のうちにある程度詰められるところは詰めておいて、こちらの意向を知っておいてもらいたいのだ。
昼には録音したものをスタジオのモニタールームで大音量で聴きながらバランスを取っていく作業をしている。エンジニアさんはずっと働き通しだ。
曜ちゃんが持ってきてくれたお手製のサンドイッチをみんなでつまみながら、ああだこうだ言いつつ録音した音源を聴いている。
レコーディング時のこういう時間がとても好きだ。曜ちゃんのサンドイッチも美味しい。曜ちゃんのことをうっかり好きになってしまわないようにしなくてはと自分を戒める。
何しろプロのDTとはみんなが想像する以上にチョロいのだ。手作りのサンドイッチを準備してきてくれるなんて、それだけでズキューンものだろう。
それにしても曜ちゃんはこのメンバーの中の誰かと付き合ってたりするのかなぁ。気になる。こいつらどいつもこいつもイケメンすぎて、この中の誰と付き合ってても違和感ない。
はぁ……切ないなぁ。こちとら憧れの羽深さんから仲良くなりたいなんて夢みたいなこと言われたのに、もはや現実味が薄れるくらい一向にその兆しがない。
もし万が一曜ちゃんが現在フリーで僕のこと好きになってくれたりしたらどうしよう……。僕は好きな人がいるからとキッパリ断れるのか?
っていかんいかんっ! 僕ってヤツはまた痛々しい妄想を……。なんでこんなかわいい子が僕のこと好きになってくれたらどうしようなんて低確率な可能性を心配してるんだ。
まったくもって自分のキモさに恥じ入るよ。
僕らは曜ちゃんのサンドイッチが美味しいねと言い合ってから午後の録音に取り組んだ。録りは一発OKでレコーディングは無事に終了した。その後は、ある程度時間をかけて音を詰めていけたのでよかった。
近いうちにライブの方でも是非手伝って欲しいという話になり、随分と気に入ってもらえたようで僕らとしてもやった甲斐があったと誇らしい気持ちになれた。
曜ちゃんはとてもかわいくていい子だったので名残惜しく感じたし、もし本当にライブのお誘いが来たら是非とも引き受けたいと思った。なにせプロのDTというのはチョロいものだからな。
そんなこんなでテンション低いこの頃を過ごしていた僕も、この週末は結構楽しく過ごせた。やっぱり僕にとって音楽は救いだ。実際には救いの大部分を担っていたのは曜ちゃんという美少女の存在だったのだけど。
その曜ちゃんは今夜もプロDTを惑わすメッセージを送ってきた。
僕の演奏が最高によかったと。演奏する姿がクールでかっこよかったと。今お付き合いしてる人はいますかなんて質問まである。極めつけは今晩僕の夢を見れますようになんて書いてある。
魔性か!? 魔性なのか!? これもう僕のこと好きって言ってない? DTのイタい勘違いですか、これ!?
お願いだから僕の心を翻弄しないでおくれよ……。
結局その晩も悶々として眠れぬ夜となった。また目の下にひどい隈を作って学校行くのか……。
ようやくウトウトしかけた朝方、Threadの着信音で起こされるともうそろそろ起きなくちゃいけない時間だった。
着信の内容はなんと曜ちゃんからのおはようのメッセージだった。朝からソワソワが止まらない。もしかしなくてもこれって僕のこと好きなんじゃ……!?
誰か詳しい人、僕に女心の機微についてレクチャーしてくれ! 頼む!!
そんな僕の心の中の絶叫など誰知ることもなく、ソワソワとどうしたらいいのかも分からないままに登校する時間となった。
満員電車では、時間をずらしたのか別車両を使っているのか分からないが、あの痴漢野郎にも羽深さんにも会うことはなかった。
羽深さんとは相変わらず何の接点もない。
あの駅のホームで去り際僕に投げかけた言葉は何だったんだろう……。やっぱり幻だったり、あるいは夢だったりするんだろうか。
またもや現実と夢の狭間でどっちだか分からなくなってしまう。
こんな苦しい想いが続くぐらいなら、いっそのこと曜ちゃんのこと好きになっちゃった方が……。なーんてね。冗談冗談。
…………はぁ。
なんて苦しいんだろう……。
羽深さんは何を思ってるの? そもそも僕のことなんて思ってやしないか……。
苦悩する昼休み。
僕のこんな気持ちなど知る由もなかろう曜ちゃんから屈託ないメッセージが届く。
『じゃーん! 今日のわたしのお弁当大公開! なんと手作りぃ〜♡』
もちろん色合いよく装われた弁当の画像付き。クッソかわいい! 料理得意なんだー、ちくしょー、曜ちゃんの手料理食べてぇー!
僕は相変わらずまた人目を避けてパンを植樹の下で食べてる。もちろん独りだ。
『美味しそう。料理上手なんだね。サンドイッチも美味しかったよ』
と返信するや否やレスポンスが返ってくる。速い。
『タクミくんにも食べてほしいなぁ、わたしの手料理♡ なんてネ(//∇//) 』
くっ……。なにこれかわいい……。しかもタクミくんって……ファーストネーム……。
曜ちゃんのズキューーン、破壊力ヤベェ〜。
はぁ〜、このままキュン死しそう……。
芝生の上で身悶える僕の醜態を目にして、周囲の人にはダニかノミでもいるのかと恐れられたという話を後から人伝に聞いて知り、違う意味で身悶えることになったのはまた別の物話として語られることだろう。




