とある侍女3
「ローゼリアが、侍女を?」
「ええ、とても信じられないのですが…。養子に入った子供は、親の愛を確認するためにわざと我儘に振舞うことがあると言います。その試し行動の対象がヨハナだったのだと最初は思っていたのです。ヨハナに心を許している証拠だ、と。」
「しかしそうは見えない、と?」
「ええ、あの様に聡い子がそのような事をするとは思えません。けれど幼い頃より見守っていたヨハナが嘘を吐いたなど信じたくはなくて…」
あのローゼリアが侍女を虐めるなど、ある訳がない。事情を知っているアルドリックからしてみれば、侍女に罪がある事は明らかだ。公爵令嬢を一介の侍女が虐げるなど、不敬極まりない。しかしその侍女が消し炭にならず未だ元気に悪事を働いているところを見るに、どうやらローゼリアは侍女で遊んでいる様だ。
しばらくローゼリアと暮らしていたアルドリックは、彼女の行動を多少は予想できる様になっていた。ローゼリアは完全なる快楽主義者。多少自分に害をなそうとも、面白そうであれば泳がすだろう。大方、ラウレンティアがローゼリアを取るか、それとも侍女を信じるかで遊んでいるのだろう。
(頼むラウレンティア、ローゼリアを信じてくれ。でないと我が国は消し炭だ。)
真実を伝えてしまいたいが、それではローゼリアの遊びに水を差す事になる。ここは軽く助言を与える程度に留めるべきであろう。
「ローゼリアは私たちの娘で、ヨハナは一介の侍女に過ぎない。どちらを信じるかはお前次第だが、私にはローゼリアが癇癪を起こして暴れる姿など想像もつかないな。」
「そうですわよね…。侍女とのトラブルに対応するのも良い経験かと思うのでもう少し様子を見てみますわ。ローゼリアがこれ以上気落ちする様なら私も手を出します。」
「それがいいだろうな。」
ーーーーーーーーー
「あら、今頃知りましたの?お父様。随分とお耳が遠い事で。今邸では噂になってましてよ?ローゼリアお嬢様は猫を被っている我儘令嬢だと。ヨハナが嬉々として言いふらしていますから。」
「す、すまない…」
「実際に私に対して悪感情を持つ使用人もチラホラおりましてよ。まあ皆年若い者達ですけれど。年配の使用人は流石に教育が行き届いてますわね。」
「使用人の再教育が必要な様だな。重ね重ね申し訳ない。しかし今回は一体どの様な遊びを始めたのだ?」
「あら、よく分かっていらっしゃるのね。今回は悪意を持って接してくる侍女に対して、ただの人間の5歳児としてどう返り討ちにするか、と言うゲームですわね。」
「それはまた悪しゅ、いや、面白そうだな。」
「ふふ、そうでしょう?お父様は手出し不要でしてよ。もうすぐ勝負がつきそうですの。審判はお母様にお任せしてくださいね。」
「分かった。私は静観しているとしよう。」
ーーーーーーーーー
「ローゼリア?最近元気がない様だけど、どうしたんだい?」
「レイモンド兄様…ごめんなさい、なんでもないんです。」
「…最近よく言うごめんなさいは、一体誰に言わされているんだい?」
「!!」
「最近君の様子がおかしいのは分かっていたよ。隠している様だから気付かない振りをしていたけれど…もう放っては置けないよ。昨日、体調を崩して寝込んでいた事と関係があるのかな?」
「あの…私が、私が悪い子だから…」
「ローゼリアは無能の僕を認めてくれて、応援してくれている。それがどれだけ救いになっているか分かるかい?君が悪い子だなんてある訳ないじゃないか。君の悩み事は、最近邸で聞く噂と関係があるのかな?」
「…私は、悪魔の子だから、だから捨てられたって…仕方なく家に置いてもらってるから…みんなを不幸にしたくないの。」
「…誰がそんな事を?」
「…」
「ヨハナ?」
「っ、」
「…オスカー。」
「畏まりました。」
レイモンドは彼の侍従であるオスカーに目配せをした。先程までローゼリアに向けていた愛情溢れる眼差しは消え去り、見た者を凍てつかせるかのような冷酷な眼で、壁の向こうに控えているであろうローゼリアの侍女を睨みつけた。オスカーは主人の命令を正確に読み取り、遂行すべく音もなく部屋を去った。
レイモンドは今にも泣き出しそうな青い顔をしたローゼリアを自らの膝に乗せ、冷えた身体を温める様に抱きしめた。
「ローゼリア、悪魔の子なんて迷信だ。今や誰も信じてはいないよ。我が家ではアルビノの色を持った者は優れた魔法の才能を持つと伝えられているんだ。実際に魔導師として活躍する者も多くいたはずだよ。
それに…これは言って良いのか分からなかったから今まで言わなかったんだけど、君の髪は白髪なんかじゃない。とても美しい銀髪だよ。初めて君を見たとき、女神様かと思ったんだ。君の周りが、輝いて見えた。悪魔の子なんて、不幸を呼ぶなんて、そんな訳ない。僕が保証する。」
「レイモンド兄様…ありがとう。私、ずっとずっと不安で…みんな、本当は私なんていない方が良かったって思ってるんじゃないかって…ヨハナが、私は公爵令嬢として恥ずかしいって…だからわたし、がんばって…」
「ローゼリアは頑張っているよ。とても賢くて、僕の自慢の妹だ。父様も母様もクラウスも、みんな君を愛しているよ。またあの愛らしい笑顔を、僕達に見せて?」
「っ、…うん、兄様…」
「沢山悩んで疲れただろう?このまま少し眠ると良いよ。君が寝るまでずっとこうしていようね。」