入学式3
「ーーそれでは新入生諸君、共に勉学に励もう。」
パチパチパチ
アダルヘルムの締めの挨拶もつつがなく終わり、今年度の入学式はこれで終了した。思い思いの席に座っていた新入生達は、それぞれに席を立ち出口へと向かった。
「ローゼリアお嬢様。」
「カスパー。待たせたわね。」
「とんでもございません。クラス割の掲示はこちらです。」
「ではそちらに向かいましょう。」
学園の正面玄関の脇。ローゼリアが到着すると、既に人だかりができていた。ローゼリアの美貌はその集団の中でも異彩を放っており、彼女の存在に気づいた者達が騒めきだした。
「人が多いわね。」
「ローゼリアお嬢様はAクラスですね。」
カスパーが易々と遠見を使い掲示板を読んだ。ローゼリアはその言葉を受けて、これ以上この人混みにいる必要はないと踵を返した。
「あら、ローゼリア様。御機嫌よう。もうクラスの確認はお済みになって?」
「オディリア様。御機嫌よう。ええ、Aクラスでしたわ。」
「では私と一緒ね。これからよろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
「ローゼリア!っと、オディリア王女。一緒におられたのですか。」
「御機嫌よう、クローヴィス様。」
「クローヴィス殿下、先ほどの挨拶は立派でしたわ。王族の威厳を感じさせましたわね。」
「そ、そうか?ローゼリアにそう言ってもらえるなら一安心だな。」
人混みから少し離れたところで二人に声をかけたのはクローヴィス。その少し後ろからはアダルヘルムがついて来ていた。オディリアはアダルヘルムの姿を見つけると、頬を赤く染めながら歩み寄った。
「アダルヘルム様!挨拶お疲れ様でございます。とても素敵でしたわ。こちらに何かご用事でも?」
「やあ、オディリア。いや、君を教室までエスコートしがてら、学園内を案内しようかと思って。良かったらクローヴィス達もどうだ?まだ分からないことも多いだろう?」
「まあ素敵!アダルヘルム様に案内していただけるなんて、嬉しいですわ。ローゼリア様、是非ご一緒しましょう!」
「そうですわね。お願いいたしますわ。クローヴィス殿下は如何いたしますか?」
「では僕も同行させてもらおう。」
王子達に、美少女が二人。彼らの周囲は一瞬にして煌びやかな空間と化し、新入生達からは注目を浴びていたが、誰一人としてそれを気にする事なく、一行は学園内へと入っていった。
「ステンドグラスが素敵ですわねえ。あまり見たことのない様式の建物ですわ。とても学園とは思えませんわ。」
「この学園を設計したのは歴史的に有名な建築家だからな。数百年前に建築されたのだが未だ老朽化することなく、建設当時のまま使われている。当時も時代を先取りしていると言われていたが、未だ時代は彼のセンスに追いついていないように思う。同じ様な建物を目にする事はないからな。」
「彼の頭の中はどうなっていたのでしょうね。お会いできるものならお話してみたかったですわ。」
「そうだな。彼のことはカスパルという名前しか判明していない。どんな文献を調べても、彼がどんな人物だったかは記載されていないんだ。」
「まあ、謎に包まれていますのね。」
ローゼリアはアダルヘルムとオディリアの会話を聞きながらクスリと笑った。ちらりとカスパーに目配せすると、彼は困った様に笑った。
「あなた、似たような名前を使い回しているのね。」
「お恥ずかしい限りです。」
「私もかの建築家とお話してみたいものですわねえ。」
「そうでございますね。」
その後もアダルヘルムは新入生三人に学内を案内していった。食堂を出て教室に向かう途中、後方から鈴を鳴らすような可憐な声がアダルヘルムを呼んだ。
「アダルヘルム様!」
「ソフィ、ア嬢」
「やっと見つけましたあ。探したんですよ?」
「何故ここに?今日は二、三年生は授業がない筈だが…。」
「アダルヘルム様の勇姿を見に行こうと思ったんですけど、講堂には新入生しか入れなくって…。だから出口のところで待っていたんですけど、すれ違いになったみたいですね。でも会えてよかったです!」
「そ、そうか…。悪いがソフィア嬢、今日は彼らの案内をしていて手が離せないんだ。」
「やだ、アダルヘルム様。いつもみたいにソフィーって呼んでくださいよ!それよりこの方達は?クローヴィス殿下は分かりますけど。」
「は、はは…。私の婚約者のオディリアと、弟の婚約者のローゼリア嬢だ。」
「そうだったんですね!初めまして、二年生のソフィアと言います。学内で分からないことがあったらなんでも聞いて下さいね!」
ソフィアは辿々しいカーテシーをローゼリア達に披露した。隣国の王女と公爵令嬢に対して不敬とも言えるその態度にアダルヘルムは頬を引きつらせたが、少女二人は笑顔の仮面を崩さなかった。
「ふふ…ご丁寧にどうも。それにしても随分とアダルヘルム殿下と親しいみたいね。婚約者でもないのに愛称で呼ばせるだなんて。」
「はい!アダルヘルム様は貴族の世界に入ったばかりで孤立していた私をいつも気にかけてくださって、勉強を見ていただいたり、最近ではお昼もご一緒してくださるんです。」
「まあ、ふふふ。アダルヘルム様はお優しいのですね。」
「ははは…。悩みを抱える学生を気にかけるのも生徒会長の仕事だからな。」
「あ、オディリア様、大丈夫ですよ!私、アダルヘルム様とは仲の良いお友達ですから。」
「そうなんですの…。ほほほ。」
「なんだあいつ、大丈夫な訳ないだろ…。」
ついに耐えきれなくなったクローヴィスが、皆に聞こえないような小さな声で悪態をついた。クローヴィスはソフィアを一目見た瞬間から、彼女が自分が最も苦手としているタイプの女性であると見抜いていた。王族の、しかも婚約者のいる者に対する態度ではない。彼女の媚びを売るような猫なで声に鳥肌がたった。そしてそれを許容している自分の兄にも驚きを隠せなかった。以前のアダルヘルムなら、あのような不敬は許さない筈だ。クローヴィスは兄に失望したと同時に、彼の突然の豹変に不気味さを感じずにはいられなかった。
「ではソフィー、私はまだ彼らの案内があるから…。」
「あ、引き止めてしまってすみません!大丈夫ですよ、食堂で待ってますから。終わったら声かけてくださいね!」
「あ、ああ。」
「ふふふ。本当に仲がよろしいことで。」
そうして一行は引き攣った顔のアダルヘルムに連れられ、教室への廊下を歩き始めた。彼らの背後では貼り付けたような笑顔のソフィアが、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。