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王位継承4

「…殿下、ベンジャミン殿下。」

「はっ!」

「大丈夫ですか?先程から何やらぼーっとされておりましたので…。」

「い、いや、何でもない…。」


ベンジャミンは思わず周囲を見回した。執務机。高価な調度品。目の前の彼の側近と、扉の入口付近に立っている護衛達。いつもと何ら変わりはない。だが、何かが違う。ベンジャミンは少しの違和感を覚えた。


「本当に大丈夫ですか?体調が悪ければ直ぐに医者を呼んで参りますが…。」

「大丈夫だ、少し疲れているのかもしれない。」

「そうですか…。ここは私がやっておきますので、殿下は少し休まれては如何ですか?最近は休みなく働いていらっしゃいましたし。」

「あ、ああ。そうさせて貰う…。日が暮れる頃には戻る。」

「畏まりました。」


ベンジャミンは護衛を引き連れ執務室を後にした。自室に向かいながら、先程の事を思い返していた。


(白昼夢でも見ていたというのか?)


はっきりとしたことは記憶にはないが、何やら恐ろしい悪夢を見ていた気がする。何か取り返しのつかないような事をしでかしたような…。


(馬鹿馬鹿しい。ただの夢じゃないか。やはり疲れているんだ、私は。王位継承も近いしな。)


ベンジャミンは無理矢理そう結論付け、自室に入るとベッドに横になった。体調が悪いわけではない。だが、何か大切なものが壊れてしまったような漠然とした不安感があった。壊れてしまえばもう二度と修復することはない何か。これから生きていく上で、必要だった気がする。しかしそれが壊れてもなお、自分はこうして生きている。だからこの感覚は気のせいなのだ。国王となる日が刻々と近づいてきているこの時期、すこしナーバスになっているのかもしれない。自分に今必要なのは、何も考えない休息の時間だ。ベンジャミンは目を閉じると、まどろみの中に落ちていった。



ーーーーーーーーー



時は少し遡り。


「カスパー。」

「はい、ここに。」


ローゼリアの声を聞き、カスパーは己の主人の影から姿を現した。突然現れた侍従に、ローゼリアは特に驚くこともなく続けた。


「ここ、元に戻せるかしら?」

「お任せください。」


カスパーが部屋に手をかざすと、ローゼリアが消し炭にしたはずの調度品が次々と現れた。最後にベンジャミンが座っていたソファを出現させると、カスパーは手を下ろした。


「ローゼリアお嬢様のお力で消した物は時間を巻き戻しても復活致しませんでしたので、新たに作り直しました。」

「それで良いわ。見事な再現率ね。」

「お褒めに預かり光栄です。して、この愚物は如何いたしますか。」

「そうね。女神に関する記憶だけ消してしまおうと思うの。でも私がやると全ての記憶を破壊してしまうわ。だからあなたに頼もうかしら。外の護衛達も、その魔眼で記憶を消したのでしょう?」

「はい。ローゼリアお嬢様がこの男に会いに来た事を知る者は、ここにはおりません。」

「では後はクローヴィス殿下の記憶を消して終わりね。」

「この後消してまいりましょう。」


カスパーは目を見開いて固まったままのベンジャミンに近づいた。彼と目を合わせると、ローゼリアの秘密に関する記憶を消した。


「何を寝こけている。仕事に戻れ。お前達もだ。」

「「はい…」」


カスパーはベンジャミンと使用人達に命令すると、虚ろな目をした彼らは元の持ち場に戻っていった。執務机の椅子に腰かけたベンジャミンを確認すると、ローゼリア達はその場を去った。



ーーーーーーーーー



「ローゼリア嬢との話し合いはどうだった。信じる気になったか?」

「は?」

「は?ってお前…今日話したんだろう?どうだったんだ。」

「父上…何をおっしゃっているのか分りません。ローゼリア嬢と話し合いなど、しておりませんが。彼女がどうかしたのです?」

「は?お前…」

「どうされたのです、父上。」

「…ローゼリア嬢が何者か知っているか?」

「?ローゼリア嬢は膨大な魔力を保有する貴重な人材です。クローヴィスと婚約することで他の貴族から守り、恩を売った。子を成せない身体なのが実に惜しい。」

「お前…。ローゼリア嬢に一体何をしたらそんな事になるのだ…。あのお方はかなり寛容だぞ。」

「だから先程から何を言っているのです?ローゼリア嬢がどうかしたのですか。」

「い、いや…。私が勘違いしていたようだ、すまない。」

「父上も少しお休みになられては如何ですか?」

「そうだな…少し休む。邪魔して悪かった。」

「お大事に。」


息子の私室から出ると、足早に自室に戻りヨシュアは頭を抱えた。ベンジャミンの様子を見て彼は直ぐさま悟った。彼の息子は女神の逆鱗に触れたのだと。女神に関する記憶だけが抜け落ちていたのがその証拠。その様な事は只人には出来ない。


「あいつ…ローゼリア嬢に何をしたんだ。」

「御機嫌よう、陛下。」

「うわっ」


俯いたままの視界に突如として現れたのは小さい赤い靴。そのまま見上げると、銀髪の美しい少女が立っていた。


「ロ、ローゼリア嬢…何故ここに…」

「それはあなたがよく分かっているでしょう?」

「む、息子のことか…」


ヨシュアは項垂れた。これでこの国もおしまいだ。女神の逆鱗に触れ、無事でいられるわけがない。今から行われるのは死刑宣告。恐らくローゼリアはこの国を消し炭にする事に決めたのだろう。


「ああ、早とちりなさらないで。別にこの国を消し炭にしに来たのではありませんわ。」

「え?」

「あなたの息子は大変愚かな男でしたわ。人智を超えた女神の力を、あろう事か敵国を貶めるために利用しようだなんて。」

「な、なんだって…」

「帝国に災害を起こそうとしましたわ。見知らぬ蟻など何匹死のうが構わないだろうと。どの蟻を潰そうか、今正に見極めている最中ですのに。女神の仕事を愚弄しましたわ。」

「そ、それは大変申し訳ない事を…」

「あの男は女神の存在を知るに値しないわ。だから記憶を消させてもらいました。苛ついたので彼の魂もついでに少し壊しましたけれど。」

「魂を、壊した?で、では死ぬのか、息子は…」

「死にはしませんわ、直ぐには。後20年は持つでしょう。次の生は期待できませんけれども。」

「息子は、王として失格なのか…。」

「あら、失格だなんて言ってませんわ。女神の私は人間の政治に口を出すつもりはありませんもの。彼を次の王にしたいのなら、そうすれば良いわ。」

「い、いいのか?」

「好きにすれば良いわ。過ぎた力さえ手に入れなければ、彼は普通の優秀な人間なのでしょう?但し、今後は神々の加護は期待しないことね。」

「あ、ああ。本来はなかった幸運だ。正常に戻るだけなら、何の問題もない。ありがとう、ローゼリア嬢。あなたの寛大な措置に感謝いたします。」

「ベンジャミンもあなたくらい謙虚なら良かったのに。なまじ優秀なだけに、驕ってしまったのですわね。

話はそれだけよ、あなたが心労で禿げ上がってしまわないように、報告しに来てあげましたの。」

「そ、それは有難い…。」

「では、お休みなさい、良い夢を。」


ローゼリアはヨシュアの返答を聞く事なく闇に紛れ消えていった。ヨシュアはその場にへたり込み、この国の存続に心底安堵した。息子の寿命が後20年しかないと言うのは残念だが、自業自得だ。彼には何も知らないまま国を治めてもらおう。いずれ魂の綻びが肉体に現れるその日まで。ベンジャミンの代は、短い治世となるだろう。

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