5歳の終わり
イーツェル教は自らの過ちを公表し、魔法は九属性であると公言した。シュバルツ家は、いち早く神の声を聞き、制裁を恐れる事なく新属性説を声高に提唱したとして、貴族界だけでなく市井でも英雄視された。テールマン派の一行はその英雄譚の悪役として名を馳せ、彼らの権威は暴落した。特にテールマン公爵当人は神に仇なしたと多くの批判を受け、当主の座を退き長男が跡を継いだ。また、シュバルツ家の貴族籍剥奪に待ったをかけ続けた国王ヨシュアは先見の明があるとして、国内で再評価を受けた。
今まで魔力なしとされていた貴族達だけでなく、平民まで新属性の有無を調べる為に神殿に並び、魔力測定を受け直した。その中には新たに追加された属性に適正がある者もおり、彼等は今までの自分の評価がガラリと変わる事に歓喜した。研究者は新属性持ちをこぞって募集し、新たな魔法の研究を進めた。20年前に新属性説を初めて提唱し追放された研究者、カスパー=サリードはその功績を再評価されたが、彼の行方を探すも、誰一人としてその消息を掴むことはできなかった。
アレンタール王国初の氷属性魔力の持ち主レイモンドは、母親譲りの美貌に父親譲りの冷たく鋭いアイスブルーの眼から、氷の貴公子と呼ばれるようになった。
そして季節は冬になった。春先にローゼリアがシュバルツ家に来てから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
「ローゼリア、もうすぐ6歳の誕生日だけど、何か欲しいものはある?」
「うん!欲しいものじゃないけど、叶えて欲しい願い事ならあるよ!」
「へえ、それは何?僕にできること?」
「もちろん、クラウス兄様とレイモンド兄様にしかできないことよ!準備とかはないから、当日まで秘密ね!」
「なんだか怖いけど、ローゼリアが頼むことだからきっと可愛いお願い事なんだろうね。」
「ふふふ!」
「しかし父様達はローゼリアにプレゼントを贈りたがっているぞ。欲しいものは何もないのか?」
「うーん、何も思いつかないの。プレゼントの内容は、お父様達に任せるわ!」
「はは、責任重大だな。センスが問われる。」
「母様ならきっとローゼリアの気にいる物を選んでくれるよ。」
「うん、楽しみ!」
「ローゼリアはまだうちに来て一年も経っていないから、今年の誕生日は家族だけでやるそうだ。来年の誕生日は、お披露目も兼ねて盛大に行われるらしい。」
「家族みんなでお祝いしてくれた方が嬉しいな!その方が絶対楽しいよ。」
「そうだね、狸や狐の相手なんて可愛いローゼリアにはさせられないよ!なんなら来年も再来年も、お披露目なんてしないでずーっと家にいてくれていいんだよ!」
「ふふ、それじゃあ引きこもりね。」
「ローゼリアはクローヴィス殿下の婚約者だ。例え形だけだとしても、近いうちにお披露目をしないわけにはいかないだろう。」
「もう、分かってるよ兄さん!願望を口にしただけだよ。」
そして12月24日、ローゼリアの誕生日がやってきた。
「6歳おめでとう、ローゼリア。」
「「「おめでとう!」」」
「あ、ありがとうございます。えへへ…」
いつもの食堂は魔法の光が散りばめられ、祝いの席に相応しい幻想的な装飾がなされていた。テーブルの上には豪華な食事が並べられ、ローゼリアファンの料理人達の気合いが伺えた。いつもより少し着飾ったローゼリアは、椅子の上で照れながら家族に礼を言った。
「ローゼリア、私達からのプレゼントはこれよ。気に入ってもらえると良いのだけれど。」
ラウレンティアはパンパンと手を叩き使用人に合図を送ると、扉からローゼリアの大きさ程ある巨大な熊のぬいぐるみが運ばれてきた。白い毛並みに、紅い瞳。首には瞳とお揃いの赤のビロードのリボンが巻かれていた。ローゼリアは席を立ち熊のぬいぐるみに駆け寄ると、モフっと抱きついた。
「うわあ、大きい!可愛い!私とお揃いだ!」
「気に入ってもらえたようだな。やはりラウレンティアに選んでもらって正解だったな。」
「ふふ、喜んでもらえてよかったですわ。さあ、その熊はローゼリアの部屋に運ばせますわ。席に戻って、お食事にしましょう。」
「はーい!ありがとうお父様、お母様!すっごく可愛い。大事に大事にするね。」
そうして家族だけの誕生日会は和やかに進み、食後はサロンに移動し皆でケーキを食べた。
「そう言えばローゼリア、まだお願い事を聞いてないけど、何をして欲しいのかな?」
「そうだな、ずっと気になっていたんだ。そろそろ教えてくれないか。」
「えへへ、えっとね…今日はね、兄様達と一緒に…寝たいなって。駄目かな?」
「「ふぐっ」」
ローゼリアが上目遣いで恥ずかしそうにおねだりをする姿を見て、兄二人は思わず目を逸らし身悶えた。その様子を誤解したローゼリアは不安げに続けた。
「や、やっぱり駄目かな?立派なレディは一人で寝れなきゃ駄目だよね…」
「ち、違う違う!ちょっと不意打ちでビックリしただけなんだ!寝よう一緒に!ね!?今すぐにでも!なんならこれから毎日でも!」
「お、落ち着けクラウス。気持ちは分かるが。僕だってローゼリアと一緒に寝たい。母様、今日だけ良いですか?」
「ふふ、本来なら例え兄弟でも一緒に寝るのはよろしくありませんけれど、ローゼリアの誕生日のお願いなら仕方ありませんわね。今日だけですよ?」
「わーい!やったあ!ありがとう、お母様!兄様!」
「はあ、なんて欲のないおねだり…可愛い。ローゼリアは天使かな?」
「そうだな。」
その後、それぞれの部屋で湯浴みを済ませ、就寝時間には皆ローゼリアの部屋に集合した。
「お待たせローゼリア!さあ、みんなでベッドに入ろうか。ローゼリアは真ん中ね。」
「うん!えへへ、嬉しいな。歳の近い兄弟と寝るの、ずっと憧れだったの。」
「そっか。じゃあシュバルツ家に来て良かった?寂しくない?」
「ううん、寂しくないよ。みんな本当の家族みたいに優しくしてくれて、ありがとう。」
「何を言う。例え血が繋がっていなくても、ローゼリアはれっきとした僕達の大切な家族だ。何も遠慮することはない。甘えたい時に甘えると良い。」
「う、うん!ありがとう、レイモンド兄様!」
「僕にだって沢山甘えてくれていいんだよ?むしろ僕がもっと甘やかしたい!」
「ふふ、二人ともありがとう。じゃあ、寝よっか!」
クイーンサイズの大きなベッドは子供が三人寝てもまだ余裕があった。しかし三人は団子のようにくっつくと、笑いながら手を握り合った。ターシャが灯を消し、部屋を出て行くと、ローゼリアが小さな声で話し出した。
「ねえ、兄様、なんかお話してよ。」
「ん?そうだな、何がいいか…では基礎魔法の応用について…」
「違うよ兄さん!こういう時は御伽噺でしょ!?僕はびっくりだよ!」
「そうか?眠くなると思うのだが…」
「じゃあ僕が好きな英雄譚からドラゴン討伐の話なんてどう?スリル満点だよ!」
「それ寝られなくないか?」
「ふふ、くすくす」
こうして子供達だけの夜は穏やかに過ぎていった。
悠久の時を生きる神族にとっては一年などほんの一瞬に過ぎない。それでもローゼリアは、下界で過ごすであろう13年を大切に生きよう、そう思ったのだった。