人喰い豚11
「そろそろ頃合いかしら。」
ローゼリアは一人部屋で呟いた。エドワードはローゼリアの目論見通りシュバルツ家に手を出した。まさか悪魔に魂を売るまでするとは思わなかったが、それもまた面白い。そろそろ反撃の時間だ。神官長の後釜も見つけたし、エドワードを破滅させるにはいい頃合いだろう。ローゼリアは部屋のテラスから外に出て天を見上げ、手を胸の前で組んだ。
「お母様、お願いがございます。」
ローゼリアは天界の母親に願い事をした。彼女は自身の力で天界に帰ることはできない。まだ未熟である上に、女神の力もごく弱いためだ。また、他の神々との通信もできない状態であった。しかしローゼリアは知っていた。彼女の家族は、いつでもローゼリアを見守っている。神々の加護を授かっているのが何よりの証拠。こうしてローゼリアが願えば、その声は天に届くと確信していた。
「お願いしますわね。きっと、この退屈な世界に良い刺激になるかと思いますわ。」
ローゼリアはにっこりと笑うと、部屋に戻っていった。
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翌る日、曇天の中、王都の神殿は混乱に包まれていた。
「し、神官長様!巫女達が一斉に神託を授かったと言っておりますが…」
「何!?して、神はなんと?」
「そ、それが…」
ーー神が授けし魔法は九属性。正しく伝えよ。さもなくば天罰が下るであろうーー
この神託はアレンタール王国だけでなく、各国の主要な神殿にももたらされていた。そして勿論、ミシュマル国の総本山にも。
「馬鹿な!我々が間違っているというのか!?」
「た、大変でございます!魔力水晶の記録要項に新たな属性が追加されております!氷、雷、時空と…!」
「はあ!?なにをふざけた事を…!一体誰がそんな事をしたというのだ!」
「し、神官長!巫女達がまた新たに神託を授かったと騒いでおります!」
「またか!?一体なんだというのだ、今度は何と!?」
ーー我等が愛子に手を出し、悪魔に魂を捧げた神官長エドワードに最大級の罰をーー
「な、わ、私…?…は、はあー!?何を言っているのだ!?そんなもの、奴らのデタラメだ!大体なんだ、その我等の愛子とかいうのは!」
「ローゼリア嬢の事ではないかね?神官長エドワード。欲しくて欲しくてしょうがなかったのだろう?それこそ、悪魔に身を売るくらいに。」
「エ、エノシュー様!これは何かの間違いですぞ、巫女達の妄言だ!今、自供させます故!み、巫女長は何処にいる!」
「その必要はないぞ。神託なら、私も授かった。朝の礼拝堂に巫女長と一緒にいたからな。どこからともなく光が降り注ぎ実に神聖であった。」
「な、そ、そんなはずはありません!何かの間違いでしょう!?」
「ほう。元老院である私の言葉が信じられぬか?随分と偉そうな口をきくのだな、エドワード。いつから神官長という立場は元老院の地位を越えたのだ?」
「うぐっそ、それは…いやあのしかし…」
「僧兵ども、エドワードを捕らえよ。神に逆らう重罪人だ。牢にぶち込め!」
「や、やめろ!私を誰だと思っている!」
「ただのエドワードさ。今この時を持って神官長の任を解く。寄付金の横領、婦女暴行。数えればきりがないほどであろう?
ああ、他の神官どもも同じだ。捕えてまとめて牢に入れろ。奴らは本国にて裁きを行う。」
「わ、私は、どうなるのです?」
「お前はここで処刑だよ。神がそう申されるのだ。早い方がよかろう。本国に輸送すれば一ヶ月も生き長らえてしまうではないか。」
「そ、そんな…」
「さあ、早く連れて行くんだ。」
エドワードは力なく連行されていった。彼につきまとう黒い霧はすでに全身に広がっており、その表情すらガイナットには読み取ることができなかった。
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「くすくす。エドワードもこれで終わりですわねえ。人喰い豚は最期どのように鳴くのかしら。ねえ、悪魔さん?」
ローゼリアの手には呪いの黒い玉があった。昨夜のうちにアルドリックから返してもらったものだ。ローゼリアは黒い玉を覆う氷を溶かすと、黒い玉に向かって話し出した。
「そろそろ起きてくださいな、悪魔さん。お仕事の時間ですわよ?あなたは呪いに失敗した出来損ないですわねえ。呪いに失敗したら、どうするんでしたっけ?」
ローゼリアの声に反応した黒い玉は、ブルルと震えると再び黒い霧に戻った。召喚者の願いを叶えない限り悪魔が実体化する事はない。早く元の姿に戻りたい悪魔は皆こぞって召喚者の願いを叶えるのだ。しかしそれに失敗した場合、相手に向けて放った呪いは術者にそのまま帰ってくる。呪いに失敗した悪魔は、そうする事でしか実体化することができないからだ。
「さあ、あなたを呼び出した者の元へお戻りなさい。良い働きを期待してますわ。」
黒い霧はローゼリアの言葉に耳を傾けるかのようにそこに留まっていたが、しばらくすると神殿の方向へ飛んで行った。
「さて、お父様方に望んだ死をあなた自身が体験しますのよ。因果応報とはまさにこの事ね。その時は、特等席で視させてもらいますわ。」