人喰い豚3
「な、なんだ今の魔法は…?見たこともない…」
「確かに水属性魔法では到底再現出来ないものだった。本当に新しい属性が…?」
観覧席にいる魔導師団の団員達は口々に困惑を口にした。従来の氷魔法は、まず水を出現させそれを凍らす過程があるはずだ。例えばアイスランスならば、まず先にウォーターランスを作り出し、それを凍らせる事で攻撃力を上げる。しかしレイモンドの場合はその過程を飛ばし、いきなり氷の槍を出していた様に見えた。
そして何より見たことも聞いたこともない冷気の魔法。空間そのものに作用する魔法は、今まで存在しなかった。
「レイモンド様。少々お聞きしてもよろしいですかな?」
「はい。」
「先程オーディスの魔法を封じた技はフリージングフィールドですかな?聞いたことがありません。一体どの様な魔法なのです?」
「フリージングフィールドは分子の動きを阻害して周辺の温度を下げる魔法です。空間全域を僕の魔力の支配下に置く事により他の魔法の発動を封じます。完全に封じることは出来ませんが、僕より魔力の少ないものであれば魔法の発動は困難でしょう。」
「成る程…理にかなっている。これはあなたのオリジナルですか?」
「はい。文献を調べても、氷属性魔法に関する記述はほとんどないに等しい。既存の魔法を参考にしつつ、自分で開発しました。」
「なんと素晴らしい才能か。これより魔導師団長ライナー=バールは氷属性魔力の存在を認める。」
「な、何を馬鹿なことを、師団長。子供の戯言ですぞ!」
「あなたも見ていたではないですか。あれを魔法と言わずしてなんと言うのです。確かに既存の属性魔法では説明がつかなかった。新たな氷属性魔法を使ったと言えば説明がつきます。」
「し、しかし、イーツェル教は六属性説を掲げている。神に異を唱えるのか。」
「神に異を唱えているわけではありませんぞ。神は全知全能でも、それを讃えるイーツェル教は、そうではなかったという事ではないですかな?」
「何を馬鹿げた事を…神殿が黙ってはおらぬぞ!失礼する!」
顔を真っ赤にしながらドカドカと歩き去るヤンティスとそのお供を見送り、ライナーは部下達に向き直った。
「さて、お前達はどう見る?」
「自分も新属性説を支持します。既存の魔法では説明がつかない、しかしあれはれっきとした魔法だ。魔力の流れも感じました。」
「お、俺もあれは新しい魔法だと思います…でも、神殿に楯突くのは…」
「でも事実は事実だ。私は氷属性魔法の研究がしたい。未知なる属性魔法だ。新しい事しかないだろう。こんなに興奮することはない。」
魔導師団員は好きが高じて入団している者も多く、言ってしまえば魔法オタクの集まりでもあった。故に神殿に楯突く戸惑いよりも好奇心の方が優っているものが殆どであった。
「ふむ…では我が魔導師団は新属性説支持派という事で異論はないな。
…宰相殿。素晴らしい魔法を見せていただいて感謝します。この歳で新しい魔法に出逢えるなど、感激の極み。我々魔導師団は氷属性魔力の存在を認めます。魔法のエキスパートである我々が支持すれば説得力も増すでしょう。昨今の腐敗した神殿に思うところがある者は多い。良い呼び水となる事を期待します。」
「師団長、感謝する。あなた達の期待に応えよう。」
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その日、帰宅したアルドリックとレイモンドの元にローゼリアが駆け寄ってきた。
「お父様、レイモンド兄様お帰りなさい!兄様怪我とかしてない?大丈夫だった?」
「ただいまローゼリア。大丈夫、かすり傷ひとつない。」
「今日の試合はレイモンドの圧勝だった。魔導師団も氷属性魔力の存在を認めた。どうやら神殿をよく思っていない者も少なくない様だな。」
「父様、僕はまだ子供で政治には口出しできません。もしまた僕の魔法を見せる時が来たらいつでも言ってください。神殿からローゼリアを守るためなら、僕は全力で望みます。」
「ははは、それは心強い。お前が全力を見せたら皆死んでしまうな。」
レイモンドが試合を行ったのは今日の午後。しかし、その日の夜にはこの国の貴族達の知るところとなった。神殿に喧嘩を売る不届者と憤慨する者、中立の立場を貫く事を既に決めた者、新属性に興味を持つ者と、その反応は様々であった。
そして神殿にもまたその情報はもたらされていた。
「なんだと…新属性?」
「は、はい。シュバルツ公爵子息のレイモンド様が新属性に目覚められたと今もっぱらの噂でございます。なんでも見たことのない氷魔法を操るとか…。」
「何を馬鹿げた事を。新属性など有り得ない!神に異議を申し立てるつもりか。そもそもあそこの長男は父親同様無能だったではないか!魔法を使ったなど、イカサマに決まっている。」
顔を真っ赤にして怒りを露わにするエドワードの前で報告をした神官は縮こまっていた。彼の機嫌を損ねると何をされるか分からない。自分の失態でもないのに、一刻も早くこの場を去りたいと神官は強く願った。
「すぐに破門にしてやる。シュバルツに同調する者も全てだ!そして奴らを平民に落とし、ローゼリアを手に入れる!そこのお前、アメリーを連れてこい!」
「は、はい!ただいま!失礼いたします!」
この後幼いアメリーがどの様な目に合うかなど分かりきっていた。しかし身の保身を優先させた神官は、何の躊躇いもなくアメリーを生贄に捧げた。その夜、アメリーの悲鳴がエドワードの閉ざされた寝所から途切れる事なく聞こえ続けた。
その状況を憂う者は、巫女長以外にこの神殿にはいなかった。