若き戦闘姫ラウレンティア4
魔境の森周辺の調査も無事終わり、アルドリックは翌日にはバーナー領を発つ事となった。
アルドリックが調査を行う間、ラウレンティアはただの案内と称して彼を魔獣から守った。自分でも何故かは分からなかったが、アルドリックには死んでほしくないとラウレンティアは思った。普段は使わない防御魔法を彼に使い、傷一つ負わせることはなかった。自分の傷は厭わずに。
「ラウレンティア嬢、此度の調査にご協力いただき感謝する。我々が無事に調査を終えられたのはあなたのお陰だ。」
その日ラウレンティアをサロンに誘ったアルドリックは感謝を述べた。
「とんでもありませんわ、公爵様。私はただ土地勘のないあなた方をご案内差し上げただけでしてよ?道中守り手としての仕事もさせていただきましたけれど。」
「はは、そうだったな。
…明日にはここを発つ。何から何までありがとう。」
「…寂しくなりますわ。」
ラウレンティアは目を伏せた。ここ数日、アルドリックと共に森周辺を歩き、とても楽しかった。いつも単独で討伐を行なっていた為、ラウレンティアは誰かを背に戦うという経験をした事がなかった。このまま彼と行動を共にしたら何かが変われる様な気がしていたのだ。実際、普段は使おうとも思わなかった防御魔法を、アルドリックを守る為に何の躊躇いもなく使った。
「私と一緒に王都に来ないか?」
「え?」
「あなたの昔話をお父上から聞いた。あなたは戦うべきではない。ここ魔境の森から離れて暮らした方が良い。」
「お父様…勝手な事を。同情は不要ですわ。私がいなくては、森が守りきれない。」
「あなたがいなくても森が守れると言ったら王都に来てくれるのか?」
「なんですって?」
「既にキーランド殿とは話を詰めている。魔境の森はその周辺と浅層を分家の物が、守り手である本家の者達は奥地のみを管理することとなる。それで手は足りよう。」
「分家の者だけで浅層とはいえ魔境の森に入るのは危険ですわ。お父様から私の話を聞いたのなら分かるでしょう?あそこは稀ながら大型魔獣も出るのです。」
「あれだけの大きさの魔獣であればその痕跡をあちこちに残しているはずだ。分家の者が周辺調査をし、大型魔獣の痕跡を見つけたら速やかに本家に報告、そして守り手が討伐する。今までは手が足りないと、討伐を優先させ細かな調査までは行っていなかったようだな?そのような事は索敵に向いている者に任せるべきだ。役割分担をすれば、守り手の負担はぐっと減る。浅層にいる魔獣自体は魔獣との戦闘に慣れていない王国騎士団でも倒すことが出来た。本家には劣るが十分な戦闘力を持っている分家の者に出来ない事ではない。」
「で、ですが…私が戦わなくては…」
「あなたが戦わないと、あなたの家族が死んでしまう?」
「っ、そ、そうです。彼らは私と違って、癒しの魔法は使えない。瀕死の傷を負えば、そのまま死んでしまう。」
「だが彼らはただ闇雲に飛び込むあなたより余程強い。パーティーを組み、連携を取りながら危なげなく討伐する。怪我をしてもポーションで治る。あなたの助けなど、必要としていない。」
「っ!で、でも、でもっ」
「何があなたをそうさせるんだ?あなたは胸の内を誰かに話した方が良い。子供の頃に負った深い傷を治す為にもね。」
「っ…」
ラウレンティアは下を向き、震える声でポツリポツリと話し出した。
「…魔獣を見ると、止まらないんです。殺らないと、兄様達が殺されるって。心が叫ぶのです。腹から内臓が飛び出た兄様が、血だまりの中ピクリとも動かない兄様が、死んでしまう、私が守らないとって。もう6年も前の事なのに、そう思うのをやめられないんです。魔獣を殺すと、その血肉を浴びると、安心するんです。生きてる実感が、その時にしか湧かないんです。痛みを恐れる本能など12の時に捨ててしまった。無くしてしまって、どこを探しても、もう見つからないんです。」
ラウレンティアは嗚咽を漏らしながら初めて自分の胸中を語った。家族にどんなに詰め寄られても、決して話すことができなかった。何せ彼女が負った心の原因は、ラウレンティアを守りきれなかった家族にこそあるのだから。
「あなたは幼い兄の幻影などではなく、本当に守るべきものを見つけた方が良い。誰か大切な人を見つけ、結婚して子供を産みなさい。真に守るべきものを持てば、自分の命を無駄に危険に晒すような愚行はしなくなるさ。残された者の悲しみを思えばね。」
「うっうう…はぃ…」
アルドリックは泣き崩れてしまったラウレンティアが落ち着くのを待ち、続けた。
「すみません、お見苦しいところを…」
「いや、良いさ。王都に行ったら、私が良い人を沢山紹介してあげるよ。君のその美しさと内面の強さに、惹かれない男はいないさ。」
「な、なら…私を公爵様のお嫁さんにして下さい。嫁ぐなら、あなたが良い。」
「…年が離れている。私は今年で30になる。学園を卒業したばかりの君にとって、私はおじさんだろう?」
「自分の背を預けられる男しか伴侶として認めない、この信条は変わる事はありません。少ない魔力をあんなに精密に操作して生活魔法を攻撃に転用するなど聞いたことがありません。あなたは天才です、諦める事なく努力を続けたあなたはとても強い。尊敬しています、お慕いしているのです…アルドリック様。」
「っ…」
ラウレンティアに密かに惹かれていたアルドリックは言葉を詰まらせた。無能の男の下に嫁ぐなど、彼女は苦労するに違いない。それにこの無能の血を後世に残さない為にも彼は生涯独身でいると決めていたのだ。しかし涙に濡れキラキラと輝くエメラルドグリーンの瞳に恋慕の眼差しで見つめられ、彼の意思は揺らいでいた。
「アルドリック様…他人に防御魔法を使ったのは、あなたが初めてです。守りたいと、死んでほしくないと思った。私の初めてを奪ったのです、責任を取って下さい。私を王都に連れて行ってくれるのでしょう?」
そうしてアルドリックは落ちた。
王都に帰還後、バーナー家に書簡にて正式に婚約の申し出を送り、キーランドはそれを快諾した。婚約から二年、魔境の森にて親睦を深めた二人は無事婚姻を果たし、ラウレンティアは公爵夫人として王都で暮らすこととなった。その頃には彼女はかつて血濡れで戦った戦闘姫の面影はなく、穏やかな顔に公爵夫人に相応しい淑女の仮面を完璧に被っていた。
回復魔法や防御魔法は幾度か使えど、彼女が王都で攻撃魔法を発する事は一度もなかった。公爵夫人としての立場上、全く危険な目に合わないというわけではなかったが、全て彼女の護衛やアルドリック自身が守ってくれた。彼女は結婚して初めて守られる安心を知ったのだ。
そして結婚から一年で長男のレイモンドを出産した。
「あなたと私の子ですもの。きっと世界を揺るがす天才になるわね。」
「…そうだな、そうなると良い。」




