魔力開発2
レイモンドが両親に氷属性魔法の存在を打ち明けると、アルドリックは目を見開き、ラウレンティアは半信半疑の様子であった。何も聞かされていなかったラウレンティアが驚くのは自然な事であるが、アルドリックが驚いたのは勿論氷属性魔法の存在などではなく、こうも短期間に魔法を身につけたレイモンドの才能に対してであった。年齢が違うにしても、アルドリックはローゼリアにヒントを貰ったにも関わらず、魔力開発は遅々として進んでいなかったのである。
そもそもカスパー=サリードの仮説すら聞いたことのなかったラウレンティアは、初めは受け入れられなかった様であるが、レイモンドが実際に何もない空間から氷の塊を作り出した事で信じざるを得なくなった。何故ならレイモンドは既知の魔力はいずれもゼロに等しく、水属性魔法など少しも使えないのだから。
「あなたの話を信じましょう、レイモンド。今まで魔力がないと沢山悩んできたでしょうが、あなたの努力が報われて良かったですわね。それで私に頼みたい事とは何かしら?」
「はい、母様には演習場に結界を張って頂きたいのです。攻撃魔法の練習をするにしても、どれほどの威力が出るのか予想が付きません。光属性魔法に高い適性を持つ母様に結界を張って頂けるのであればこれ程安全な事はありません。それに、ローゼリアとクラウスがどうしても見学したいと言っております。万が一魔力が暴走した時、彼らを守ってもらいたいのです。」
「分かりましたわ、引き受けましょう。二人の安全は保証しますわ。それに私も、未知なる属性魔法をこの目で見たいですもの。」
「私も同席させてもらおう。シュバルツ家当主として、この目で確かめなければいけない。人払いはしよう。その場に居られるのは、我々家族とお前の侍従だけだ。」
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「レイモンド兄様、頑張ってー!」
「こんな歴史的瞬間に立ち会えるなんて…なんか感動するなあ。兄さんならきっと出来るよ。ローゼリアの為にも成功させてね。」
「ああ。何となくだけど、出来る気がするんだ。頑張るよ。」
レイモンドの魔法実演はアルドリックの休日に行われることとなった。レイモンドは一人演習場の中心に立ち、魔法の照準対象となる金属製の的に身体を向けた。他の者は演習場の観覧席から見学している。
「では行きますわ。『ハイシールド』」
ラウレンティアが立ち上がり一歩前に出ると、光属性上位魔法であるハイシールドをレイモンドを取り囲む様に演習場の周囲に発動させた。ハイシールドは全属性に置いて最も高い防御力を誇る、最強の盾である。ラウレンティアのこの壁を破ったものは未だ存在しない。
ラウレンティアの魔法が発動したのを確認すると、レイモンドは目の前の的に目をやった。
「では行きます。『アイスバレット』」
レイモンドが詠唱すると、彼の周囲を取り囲む様にローゼリアの拳程の大きさの氷塊が無数に出現し、目で追えない速さで正確に的に向かっていった。
大きな轟音とともに土煙が上がり視界を遮った。煙が晴れるのを待ち観客席にいた四人が演習場の的に目を向けると、的は跡形もなくなりその地面は大きなクレーターが出来ていた。
皆が唖然とする中、魔法を打った当の本人も目を見開き驚きを隠せないでいる。
「…簡単には壊れない様厳重な魔法抵抗の術を組み込んだ的をこうも容易く消滅させるとは…」
「結界の方にも中々の衝撃を感じましたわ。結界を張っていなければ、周囲の木々は薙ぎ倒されていたでしょうね。勿論私達も無事では済まなかったでしょう。」
「ふむ、威力の調整が今後の課題か。何にせよ、子供達だけで実演しなくて良かった。いい判断だったな。」
「も、申し訳ありません…放出する魔力はかなり絞った筈なのですが…予想より多くの魔力を使ってしまいました。」
「仕方ないわ、兄様。コップから水をチョロチョロ出すのは簡単でも、タライから水を同じだけ出すのってとっても難しいもの。兄様は他の人より魔力が多いから、きっとコントロールするのが難しいのよ。」
「成る程な…しかし今のままでは危険だ。ここ王都で、お前に魔法の練習をさせるわけにはいかない。」
「そうですよね。」
「旦那様、私子供達を連れて実家に帰りますわ。我が領地にある魔境の森ならば、レイモンドの訓練も出来ましょう。」
「確かに…しかし魔境の森は我が国一の魔獣発生区域。危険ではないか?」
「私が付いていますもの。子供達を危険には晒しませんわ。」
「そうだな…レイモンドであれだけの威力なのだ、全ての属性がSSSのローゼリアもまた推して知るべしであろう。
ラウレンティア、魔境の森にて子供達の魔法訓練、引き受けてくれるか。」
「お任せください、旦那様。威力の調整程度であれば半年もあれば十分ですわ。出来るわね、レイモンド、ローゼリア。」
「はい。」
「頑張ります!」
「ねえ、僕も行って良いんだよね?置いて行ったりしないよね?」
「ふふ、クラウス、あなたは威力の調整が得意だけれど、そろそろ全力で魔法を放ってみたいでしょう?一緒に行きましょうね。」
「やった!」
ローゼリアの魔力量が徐々に貴族界に知れ渡り注目を浴び始めた今、彼女を王都から離すのは得策であろう。半年もあれば彼女の立場を確立させることが出来るだろう。
幸いラウレンティアの実家は魔境の森の守りを一手に引き受ける戦闘特化型。子供達にも良い刺激となろう。
領地帰りの許可を得たラウレンティアは、公爵夫人としての淑やかな顔を脱ぎ捨て、かつて戦闘姫と呼ばれていた頃の眼をして挑戦的に微笑んだ。アルドリックは魔境の森で初めて彼女を目にした時の血濡れの姿を思い出し、顔を引き攣らせるのであった。
「ご安心を、旦那様。今はあの時と違って守るべきものがありますもの。私は防御に専念いたしましょう。」