魔力測定5
「ローゼリア…」
「あら、加護を調べる決断を下したのはお父様でしてよ?下界に降り立ったか弱い末娘の女神を、皆心配して見守っておりますの。それが加護に反映されたのですわねえ。」
「先に言ってくれよ…」
「ふふ、そこまで心配することはなくってよ。本来であれば私の事はすぐにでもミシュマル国に報告するべきでしょうが、エドワードはそれをしないでしょうから。」
ミシュマル国とはイーツェル教の総本山であり、教皇が統治する宗教国家である。ミシュマル国の議員と言う立場の者が各国に神官長として派遣され、それぞれの国にて神殿を統治する。彼らは年に一度本国にて会合を行い情報交換をするが、緊急の案件が発生した場合は速やかに本国に報告する義務がある。
「エドワードは愚かにも私を手に入れたいのですわ。ミシュマル国に報告してしまっては、私は彼の国の管理下に置かれてしまう。それでは意味がありませんわ。神に逆らってでも、私を捕らえたいのでしょうね。」
「聖職者として終わっているな。一般市民の方が余程信心深い。」
「しかしその欲深さは今は私達に有利に働きますわ。彼一人の力で、王子の婚約者という立場の者を神殿に引き入れるのは骨が折れるでしょうから。
後はレイモンド兄様が氷属性魔力を物にすれば私が女神の力を少し使って神殿ごと潰して差し上げますわ。」
「その潰すがどれくらいか分からないから怖いんだがな…まあレイモンドには頑張ってもらうとしよう。」
「そういえばお父様の方の進捗具合は如何ですの?」
「難航しているよ。己の中に氷の魔力が巡っているのは感じられる様になったんだがね。この歳になると想像力も欠けてくる。」
「ふふ、ではこれを差し上げますわ。参考にどうぞ。」
ローゼリアは執務室の棚の上に置かれた花瓶から一輪の薔薇を取り出し、小さな手でそれを包んだ。手を開くと、先程まで水々しく咲き誇っていた筈の薔薇は、氷の水晶の中に閉じ込められ、虹色に光を反射してキラキラと輝いていた。
「私の作り出した氷は溶けることはありませんわ。ペーパーウェイトにでも使ってくださいませ。」
「これは、氷なのか?なんと幻想的な。攻撃魔法以外にもこの様な繊細な魔法が使えるじゃないか。」
「あら、これも攻撃魔法の一種ですわよ?人間に同じ事をしたら死んでしまいますもの。」
「成る程、要は使いようか。」
「レイモンド兄様にはお父様と違って私が手解きをする事は出来ませんから、彼の頭脳と魔法の才能に期待するしかありませんわね。早く習得してくれないと、うっかりこの国を消し炭にしてしまいそうだわ。」
「…頑張ってもらおう。」
「そろそろ失礼しますわね。レイモンド兄様と魔法のお勉強の時間ですの。お父様、私を守ってくださいね?」
「ああ、約束しよう。」
ローゼリアは女神の笑みを見せ退室した。部屋の外に待機していた侍女達を連れてローゼリアが離れていくのを気配で確認すると、アルドリックはどかりと深くソファに腰掛けた。
「胃が痛い…」
弱々しく呟くシュバルツ家当主のその姿を、永遠の美を約束された一輪の薔薇だけが見ていた。
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「レイモンド兄様、クラウス兄様!お待たせしました!」
「お疲れ様ローゼリア、アイツとの対談は大丈夫だったかい?変なところを触られたりしてないかな?」
「変なところ?お父様が守ってくれていたから大丈夫よ!」
「良かった、何かされたり言われたりしたら、ちゃんと僕かレイモンド兄さんに言うんだよ?そしたら僕たちが、その元凶を消してあげるからね。」
「ふふ、ありがとう!二人とも大好き!」
クラウスがレイモンドの魔法授業に参加する様になって数日が経った。内容はすでに学んでいる魔法理論の基礎ではあるが、クラウスは良い復習になると真面目に取り組んでいた。
「それにしても氷属性魔力かあ。僕は兄さんは超越者だと思っていたけど、まさか発見されていない魔法属性の持ち主だったとはね!6属性以外の魔法があるなんて、聞いたことがなかったよ。」
「無理もないさ。この国でその説を唱えていたのはカスパー=サリードただ一人、そして彼もまた研究の世界から追放され、現在は同様の研究を行っている者もいない。そもそも彼の著書が出版されたこと自体が奇跡的だ。」
ローゼリアがクラウスに属性開花の事を話してしまったと聞かされた時はレイモンドも頭を抱えたが、クラウスは前々から気付いていたという事を知り、彼の話をきちんと聞いてやらなかった自分を恥じた。
「クラウス、冷たく当たってしまってすまなかった。お前が特殊能力だなどと言っていたのは、僕を馬鹿にしているんだと思っていたんだ。冷静になった今なら、お前が僕を馬鹿にするなんて事はないと分かる。あの時は羨望と嫉妬で、周りが見えていなかった。」
「良いんだよ兄さん。僕も兄さんの立場だったら、同じ様に思ったかもしれない。心折れずに努力を続けてきた兄さんを僕は尊敬するよ。」
「ありがとうクラウス。」
「ふふ、みんな仲良し!」
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その日の夜、巫女長はエドワードの寝所を訪れていた。
「神官長様…ローゼリア様の事をミシュマル国に報告なさるのですか?」
「本来ならば即刻報告すべき案件であろうな。しかしローゼリア嬢は平穏な日常をお望みの様だ。報告すれば、彼女は神の愛子として本国に招かれこの国に帰ることもままならなくなるであろう。私は彼女の意思を尊重したい。だからこの事は他言無用だ、巫女長。」
「畏まりました、神官長様…」
最もな言葉を並べてはいるが、要はローゼリアがエドワードの手の届かないところに行ってしまっては困るのだ。彼女は彼自らの手で捕らえ籠の鳥にするのだから。
「鳴かせればさぞ美しいさえずりであろうな、実に楽しみだ。」
「彼女はまだ幼い、無体をすればすぐ壊れてしまうでしょう。…それに、神の愛子に手を出すなど、天罰が下りますわ、神官長様。」
エドワードは顔をしかめ、巫女長の腕を捻った。
「あぅっ」
「口が過ぎるぞ、巫女長。何故お前が今ここに居るのか忘れたか?お前が自分の身体を差し出す代わりに巫女見習いの子供達に手を出すなと言うから抱いてやっているのだ。気に入らなければ明日から来なくていいのだぞ?」
「も、申し訳ありません、神官長様、申し訳ありません…
「なに、あの銀の鳥さえ手に入ればお前も用無しだ。それまではせいぜい耐えるのだな。」
「は、はい、神官長様…」
エドワードは下卑た笑みを脂ぎった顔面に乗せ、巫女長に手を伸ばした。こうして巫女長の長い夜は更けていくのだった。