魔力測定3
「ローゼリア…人間らしく力を抑えてくれとあれほど…。やはり私が同行すべきであった。なぜあの日に限って緊急の案件があんなに上がってきたのだ!」
「仕方ありませんわ。仕事ですもの。私も力は充分抑えていたのですが、まさか人間があれほど迄に非力だとは思わなかったんですの。」
「過ぎたことを嘆いていても仕方がないか。今後どう動くかが問題だ。あれほど迄の力を見せてしまっては、平穏に暮らすことは難しくなるぞ。国も神殿も、お前を放ってはおかないだろう。」
「国に関しては王様が抑止力として働いてくれるのではなくって?なんせ私を政治の駒になど使おうともすればこの国は消し炭ですもの。それよりあの神官長ですわね。あの豚、5歳の子供に欲情してましてよ?思わず消し炭にする所でしたわ。」
「気持ちは分かるが直接手をかけるのは色々と面倒臭い事になるからやめてくれ。」
「分かってますわ。今回は5歳児の手には余りますので、周りの大人に守ってもらうと致しましょう。」
「また何か遊びを始めるのかと思ったぞ。大人しくしてくれるならこちらとしては助かるが。」
「ふふ。まだ時期ではないだけですわ。腐敗しきった神殿など、神達は望んでませんわ。中身を一新するか、いっそ無くなってしまった方が良いとさえ思いますわね。別に私達は信仰心を糧にしているわけではありませんから。
ただ、レイモンド兄様の氷属性開花の一手に、神殿に絡んで貰わなくてはなりませんの。大きな敵に立ち向かい困難を乗り越えるのって格好良いでしょう?」
「レイモンドに…?どういう事か説明してもらえるか?」
「神殿は神から賜った魔法は全部で6属性であると宣言しているわ。そこに未知なる属性があるという主張は、異教徒として排除されてきましたの。この文明で、魔法技術が停滞しているのはひとえに神殿が原因ですわ。レイモンド兄様が氷属性を使いこなせるようになれば、神殿は兄様を超越者として讃えるでしょう。」
「超越者だと?」
「クラウス兄様から聞きましたの。今まで未知なる属性魔法に開花した人物は、魔法以外の特別な力を神より授かったとして超越者と呼ばれるんですって。御伽噺に出てくるようですわよ。
しかしそれではいつまで経っても新しい魔法形態として後世に残せない。次に氷属性魔力を持つ者が現れても、また手探りで能力の開発を行う必要がありますわ。恐らくレイモンド兄様はそれを望まない。新しい属性魔法として、正式に研究しその形態を形に残すことを望むでしょう。すると今まで超越者と讃えていたはずの神殿が、一気に敵に回りますの。異教徒を排除せよ、と。
ですからそうなるまであの神官長には生きていてもらわねばならないのですわ。屑がトップなら、心置きなく消し炭にできますもの。」
「なるほど…」
「そういえば、いくら神殿が私を欲しがっても意味はないと思いますわ。光属性魔力を持っていても、私癒しの魔法は使えませんもの。」
「何?」
「お忘れかしら?私は破壊と死の女神。使えるのは全てを消し炭にする攻撃魔法だけですわ。まあ、使えない事を証明するのは難しいと思いますけれど、そこはお任せしますわ。
兎に角、私自由でいたいので。よろしくお願いしますね?お父様。」
「全力で守ると誓おう。」
ーーーーーーーーー
「あああ~そう来たかあ。」
「そう来ました、陛下。つきましては、陛下にローゼリアの盾になって頂きたく、厚かましくもお願い申し上げに参りました。」
「分かったよ。まあローゼリア嬢を君に任せたのは私だからね。」
「貴族籍の子供の魔力測定結果には報告義務があります。いずれ各家の知る事となるでしょう。さすればローゼリアとの婚姻を望む家も多く出ましょう。」
「高い魔力の血は皆欲しがるからね。それに加えてあの容姿だ。実力行使に出る者もいるだろうね。既成事実を作ってしまえばこっちのものだと。」
アレンタール王国には婚姻の年齢制限がない。道徳的に、最近では早くて15歳での輿入れが一般的になってきたが、未だ財政難の下級貴族の子供などが富豪の家に輿入させられる事も少なくない。その場合、幼い子供に無理を強いて亡くならせてしまう事案も珍しくなかった。
人の悪意に寛容なローゼリアも、不埒な目を向けられる事には嫌悪感を隠せないでいる様だった。彼女に実力行使など不可能に近いが、それで人間に悪感情を抱きこの国諸共消し炭にされては困る。その様な危険を無くすため、より強い後ろ盾が必要であった。
「ベンジャミンの所の次男坊が確か今年で5歳だったな。ローゼリアと歳も合うし、婚約してしまえばいいのではないか?流石に王族の婚約者に手を出す者は少ない。」
「婚約ですか…しかし彼女は女神。ある程度成長したら、この国を去る身です。」
「ああ、だから破棄前提の婚約だ。学園に入学する15歳位に破棄すれば、クローヴィスも自分で相手を見つけられるだろう。事前にきちんと説明した上で婚約すれば問題はあるまい。」
アレンタール王国の貴族の婚姻は政略と恋愛が半々である。上位貴族ほど婚家の家柄よりも本人の魔力量を優先する為、魔力がそれなりに高ければ大体どこの家にも輿入れが許される。それに対し貴族との繋がりが家の存続に直接関わる下級貴族は、その繋がりを確かなものとする為、幼い頃に婚約を結ぶ子息子女も多い。しかし魔力量が高い場合はその限りではなく、上位貴族の目に留まる事を期待して、18歳位までは婚約者を持たないものが多い。
王族の場合は王太子となるであろう第一王子のみが政略的な婚姻をし、それ以下の王子は恋愛結婚する者も多い。事実ベンジャミンの長子である7歳のアダルヘルムは、すでに隣国の王女と婚約している。クローヴィスに関しては臣下降格がほぼ確定しているため、例え15歳で婚約破棄したとしても学園在学中に相手を見つければ問題がない。
「ローゼリアにも聞いてみますが、恐らくそれが最善でしょう。ベンジャミン殿下にはローゼリアの事はお話に?」
「いや、簡単に信じられる話でもないし、なまじ優秀なだけに、余計な手を出されないとも限らん。王位継承の際には話すべきであると思うが、今はその時ではないだろう。彼奴には稀代の天才であるローゼリア嬢を成人するまで保護する目的と伝える。そして同時にその力は危険でもある為、王族であっても手出し無用、と。」
「それが宜しいでしょうな。殿下は大変優秀ですが、あまり信心深いお方ではない。ローゼリアを政治の駒として使うなどと言いかねませんから。
して、王位継承は何時頃に?」
「それなんだけど、今すぐにでもする予定だったんだけど、ローゼリア嬢の事もあるし落ち着くまでは私が続ける事にした。十年以内には辞めたいけどね。」
一年以内の引退を予定していたヨシュアはその事を既に次代の王であるベンジャミンに明かしていた。ベンジャミンからの早く王位を渡せと言わんばかりの圧力と、誰にも話せないこの国の存続の危機。ヨシュアの精神的負担は計り知れないものであり、実際に彼の頭髪はこの一ヶ月でまた少し薄くなったのであった。