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とある侍女4

「…何するのよ、オスカー!離してよ!」

「黙れ。公爵家に仇なす不敬者め。若様が来るまで地下牢に入っていろ。」

「何ですって!?私にこんなことして、奥様が黙っていないわよ!!」

「貴様の言う事などもう誰も聞かない。」

「ちょっと、どういうことよ!待ちなさいよ!」


暴れるヨハナを無理矢理地下牢に突き飛ばし、オスカーは扉を施錠した。檻に捕らえられた獣よろしく暴言を吐くヨハナを侮蔑の眼差しで見下ろすと、灯りを消してその場を去った。

最近邸内でローゼリアに関する悪い噂を耳にすることが増え、レイモンドが気を揉んでいた。心優しいローゼリアがそんな事をするはずがないと、彼女をよく知る使用人達は取り合わなかったが、彼女と接する機会の少ない使用人などはその話を鵜呑みにし、不敬にも影で我儘令嬢などと呼んでいた。

レイモンドにそれとなくローゼリアの様子を伺う様にと命じられたオスカーは、人目のない場所でローゼリアがヨハナに何やら謝っている姿を度々見ることとなった。通常なら主人が自分の侍女に対して謝る事などそうそう無い。教育係であるならばまだ話は分かるが、ヨハナがその様な大役を任命されたと言う話は聞かない。

この事をレイモンドに報告した矢先の出来事。ローゼリアが体調を崩し一日部屋に篭っていた翌日、レイモンドとの魔法の授業を受けに部屋を訪れたローゼリアは誰が見ても明らかな程に憔悴していた。ヨハナに何かを言われたに違いないと確信したレイモンドはローゼリアを問い詰め、そして今に至る。


「…何か申し開きはあるか。」

「レ、レイモンド様。何かの間違いでございます。ローゼリアお嬢様に無礼を働いたなどと、一体誰がそんな事を…。お嬢様からお聞きになったのですか?私は誠心誠意仕えてまいりました。ですがお嬢様は私が気に入らない様で…」

「お前の妄言を聞いてやる程こちらは暇ではないのだ。」

「お、奥様に!奥様にお話を!私がローゼリアお嬢様に危害を加えていない事を奥様ならば信じてくださいます!」

「…話は通す。侍女の権限は母様にあるからな。お前はそこで待っていろ。」



ーーーーーーーーー



「ローゼリアは落ち着いたの?」

「泣き疲れて眠ったので、彼女の部屋に寝かせました。今はオスカーが付いていますが、世話をするのは女性の方が良いでしょう。一時的に母様の専属侍女を2人程、付けていただければと思います。」

「そうね、そうします。…私が様子見などせずに、もっと早く決断していれば…。ただの仲違いだと思っていたのよ。」

「僕も悠長に様子を探らせていないで行動に移すべきでした。ローゼリアが何かに悩んでいるのは気付いていたのに…」

「…ヨハナは?」

「地下牢に。」

「…そう。こうなったのは私の責任だわ。侍女に関しては、旦那様よりその権限を全て預かっていますから。彼女の処分は私に任せてくれる?貴方に任せたら殺してしまいそうだわ。まだダメよ、人殺しは。子供なんですから。」

「…分かりました。」



ーーーーーーーーー



「ああ、奥様!」

「…ヨハナ。よくも私の信用に、泥を塗ってくれたわね。」

「そ、そんな!奥様まで、お嬢様の言う事を信じるのですか!?ヨハナは逐一報告していたはずです!誓って、嘘などついてはおりません!」

「貴方の話など聞く必要はなくってよ。公爵家の一人娘に手を出すなど、なんと不敬な。オスカーが、貴方が私の可愛いローゼリアに何度も謝らせているところを目撃していてよ?それだけでも処罰するのに十分だと言うのに…あの子に悪魔の子と言ったそうね?」

「言っていません!」

「言った言わないなどもうどうでも良いのよ、ヨハナ。あなたが仕えていた私の娘が、憔悴しているの。たった5歳の子供がよ。専属侍女であるあなたが責任を取る。それだけよ。」

「そ、そんな…私は今まで、奥様に誠心誠意…」

「あなた、私のお気に入りだと、娘の様に思われていると、他の使用人にいばり散らしていたそうね?新しく入った若い侍女も、貴方が虐げてやめさせたのでしょう?最年少の侍女と言う立場を守るため。私の娘としての立場を奪われないように。」

「お、奥様…一体誰がそんな事を…」

「そもそも前提が間違っているのよ。私は確かに娘が欲しかったし、それを一番年若い貴方に話した。突然家族を失って、慣れない仕事を始めた子供のあなたを気にかけてやった。でもそれだけよ。私があなたを娘だと思った事など一度もないわ。身の程を弁えなさい、あなたはただの使用人よ?」

「!!」

「公爵家の使用人として相応しくない行いを続けたあなたは首よ、この邸から出て行きなさい。そして私の娘に無体を働いた罰として財産は没収します。ローゼリアが悲しむでしょうから命までは取りません。あの子に感謝なさい。貴族の世界しか知らないあなたは、身一つで追い出されるのよ。公爵家に害を成したものとして、ね。直に性を名乗る事も許されなくなるでしょう。」



ーーーーーーーーー



「わ、わたしのせいでヨハナがっ、ヨハナは悪くないの、わたしが、悪い子だったからっ、上手にできなかったから!わたし、もっと頑張るから、ヨハナを許してっあう、うぅ、うあああん」


ヨハナが邸を去ったと聞かされたローゼリアは泣き崩れた。虐げられてもなおヨハナを慕い、自らを責めるローゼリアのその健気な姿に使用人達は心打たれ、ヨハナを公爵家に仇なすものとしてその名を世に広めようと誓った。また、ヨハナを信じローゼリアを我儘令嬢と揶揄していたもの達は他の使用人の目に耐えられず、順次邸を去っていった。


身一つで邸を追い出されたヨハナは、身体を売り日銭を稼いだ。紹介状もなく貴族の使用人を解雇された者は問題ありとして、どこの家も簡単に雇ってはくれない。後に詳細は語られないが公爵家に害を成した者として噂は広まり、彼女を保護すれば公爵家を敵に回すと、貴族どころか富豪や商人も彼女を雇うことはなかった。

下町の小さな店で働いても、しばらくすると何処からともなく彼女の名を知る者が現れ、飛び火を恐れた店主に解雇されるという事を繰り返した。職を転々としたヨハナは、その度に自分の悪評を広め、最終的にはスラム街で営まれる娼館に身を落とした。そこで破落戸に気に入られ、娼婦として働けなくなるほどに痛めつけられた。仕事のできなくなったヨハナは娼館を追い出され、スラム街の一角で冬を越す事なくこの世を去った。彼女の名を知る者はなく、名も無きスラムの住人として集団火葬された。



ーーーーーーーーー



「…まあ、女神に害なす者の最期としては相応しいのではなくって?わたしを楽しませてくれたお礼に、魂は消滅させずに輪廻転生の環に戻してあげたわよ。来世では欲をかかずに幸せになってね、お馬鹿さん。」

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