朝倉道場三羽烏・大騒動!④
――――― 38 ―――――
十二日、時刻は六つを過ぎたところ。
妙法寺の離れである孝広の住居に人影が、一つ二つ―――全部で四つあった。
その内の一人、おたみが立って行灯に火を入れる。
ポウッ
と薄闇に慣れてきていた彼らの目に、そこらの物が本来の姿を取り戻す。
残りの三人は、言うまでもなく、妙蓮寺孝広に山代数馬に冬彦である。
おたみと冬彦には、孝広も数馬も藤堂家の秘事をもらしてはいない。後で知ることがあったならばおそらく『水臭い』と泣かれもしようが、さりとて二人にもらすには憚られる。第一、何と言えばいいのやら、孝広にも数馬にも分からなかったのである。
それよりも、とりあえず今はやらねばならぬことが他にあった。
彼らは孝広の仮釈放を祝って馳せ参じたということではなく、これは真犯人探索のための捜査会議なのである。
ポウッと浮かび上がった仲間達を見て、孝広は、
「…顔ぶれが足らぬな」
ぼそっと呟いた。
「?」
皆が傾げた首を元に戻すより先に彼は立ち上がると、家の外へと出ていった。
孝広の住居は妙法寺の敷地の中にある。元は当寺に一時居候していた剣客の住居であった。その人は孝広の剣術の師であった人物だが、彼が亡くなって後に孝広が一人で住んでいる。
初夏の緑に染まった桜の木々の間に、この離れが埋もれるようにしてある。孝広が、いつかこの家にも何やらうがった名でも付けようかと目論んでいるらしいが、まだ実現は見ていない。
家の外に駆け出た孝広は、じろりと一瞥すると、
「新八! 新公!! 何処だ、出てこい」
と、そう呼ばわった。
辺りを睥睨した彼の眼が、ぎょくんとみじろぐ黒い影を見逃す筈もない。
「おーし、新公、めっけ!」
まるで隠れ鬼の童のように、スッタカタッと駆けていく。駆けていってその人影をヒョイと捕まえれば、
「は…放せェ、放さぬか。拙者は役儀中で、忙しいのだ!」
南町の同心、江口新八であった。
「ほう…? お役目とな。へえ~、何のお役目だ、言ってみな」
意地悪く言うと、
「う…あ、その…みっ見回りなんだっ」
こちらもまた、まるで子供騙しである。孝広は愉快げに笑い、
「嘘をつくな、嘘を。俺を張っていたのだろう? もちろん、そうさ。長門守様は間抜けではない」
「おぶっ、お奉行を…」
長門守もただ孝広を釈放したわけではない。容疑者を一時的に解き放ち、身の安全を感じさせることによって共犯者なり証拠なりを押さえようという、現代でも通用する警察関係機関における常套手段である。これは専門用語で、『犯人を泳がせる』というのに当たる。
「ハハハ…いいから中へ入れ」
否やもない。上から首を抱きすくめられ、ぐいぐいと引っ張られた。
「せっ拙者は…」
いくら抵抗したとて無駄である。江口新八と孝広は同じ朝倉道場の門人同士で、しかも江口新八の方が年上ではあったが孝広の入門初日に立ち会って以来、その親分・子分関係は確定していたのである。
だが、その江口新八も戸口まで出てきていた数馬の姿を見るや、
バッ
と孝広を突き飛ばし、
「かかか、数馬様!!…拙者、決して、決して、この者と馴れ合ったわけではなく…」
大急ぎで弁解を始めたものだ。
「………」
困ったように新八に目を向け数馬は口を開きかけたが、その横から孝広が口を出す。
「新八、弁解の必要はない。馴れ合うものなら、こいつの方がよほど上であろう」
そう言って擦れ違う瞬間の孝広と数馬の間に流れた一種異様な緊張感は、江口新八の小首を傾げさせた後で、すぐに消えた。
さて、顔ぶれがそろったかと頷きかけた孝広が、
「あ」
ふと気づいたように声をもらし、
「おたみ、おまえはもう帰れよ。誰ぞに送らせよう」
と言った。
いくら身内同然のとはいえ、孝広はこれ以上、彼女をこの物騒な会議に参加させておくつもりはなかった。
女のせいであれ程ひどい目にあっておきながら、まだ〈江戸一番のフェミニスト〉の名を返上するつもりがないらしい。
言われたおたみも抗議の口を開きかけたが、黙ってしまった。彼女に何が言えようか。孝広にとって自分はただの妹分、ただそれだけの存在であると自覚している彼女であった。
「ふゥ」
と切なげに溜息をつき、おたみは顔を上げた。
「孝広様。半刻程後じゃいけません?」
おたみの台詞に孝広はにんまりと笑った。彼女が先程より、台所の方と行ったり来たりしていたのを思い出したのである。しかも、家中に漂うやたら魅惑的な香り。時刻は只今六つ半。どうせ送っていくのであらば、半刻後も今も大して変わりあるまい。おたみの計略は図に乗って、
「よーし、飯だ、飯。飯にしよう」
今度はにっこり彼女が微笑う番である。
ところが、
「何を呑気な話をしておるのだ」
今度は別のところから抗議の声が上がった。眉をひそめたのは、数馬に冬彦、同心の江口もである。
「おまえ、本当に分かっておるのか? 己の立場というものを」
期限の日まで後四日。いや、正確には後三日と五時間しかない。
数馬がこのように怒るのももっともであろう。とはいえ、いつもより大分精彩を欠いたような様子ではあったが…。冬彦が何か言いたげに口を開いたが、たとえ聞いたところで数馬も孝広も答えてくれそうにないのである。
そこへ、おたみ、
「数馬様、数馬様。孝広様をあまり叱らないで下さいまし」
可愛らしい声で数馬の袂を引いた。おたみにそう言われては、さすがの数馬も苦笑いせざるを得ない。冬彦が、
「アハハッ」
と笑うと、皆もたまらずに笑い出した。本当はいくら程焦ったとてよい知恵の浮かぶものではないことを、誰もが分かっていたのである。
それ故、彼らは和やかな夕食を存分に楽しんだ。おたみの料理は天下一品である。何しろ、彼女の師匠は妙法寺の坊主ども。食にかけては坊主達の右に出る者はないというのが、隠れたる常識だ。精進料理というと何やらぼそぼそとしてあまり旨そうに聞こえぬが、それだから一層、食文化が他よりも発達していったのであろう。
―――夏のことであるから、裏の畑で採れた新鮮野菜が使われている。焼き茄子の薄味あんに、キュウリは塩で揉んで、紫蘇の実と生姜を刻んで混ぜて。井戸端で冷やした豆腐は、葱と青紫蘇、丁寧に削った鰹節をちょこなんと上に乗っけてある。飯は綺麗な梅和え御飯。冷やした汁には涼しげな素麺が浮いていた。もちろん、育ち盛り(?)の男どもの腹に見合うように生ぐさ物もちゃんとある。
おたみはかっきり半刻ほどこの場にとどまり、散々なだめすかされてようやく帰っていった。
「そうしていつまでも子供扱いなさってらっしゃいまし。もう二度と来て差し上げませんからね」
べえっ
と舌を出し、行ってしまった。それを見て孝広は、
「あれが子供だというのに。気付かぬのかな、あいつは―――くっくっ」
何が楽しいのやらおかしいのやら、クックッと口元を押さえてしばらくの間、笑い転げていた。
「………」
「………」
「………」
果たして、三日の内に孝広の無実の証が立つのかどうか、一向に定かではなかった。
同夜。
丑の刻を回ってしばらく、四半刻あるいは半刻くらいは経っている。それ故に夜中というよりはおそらく明け方に近かったであろう。
冬彦は部屋の奥の片隅で眠りこけている。
「…う…ん」
開け放した縁側からの風で、少し肌寒そうに丸くなった。ちゃっかりと孝広の布団をキープしている。
江口新八はもう一方の隅で六合徳利相手に沿い寝である。
家主の孝広は、眠っているのか、起きているのか、壁に身をもたせていた。
その隣りで数馬が、やはり眠っているのか、起きているのか。ふいに数馬が孝広にに声をかけた。
「…おい、な…おい、起きているか?」
「………」
孝広は薄目を開けて、数秒の間、沈黙した。
「寝ておるのか」
数馬の声に、もう数秒、沈黙して孝広は、
「…起きている」
声を発した。
「ああ、そうか。起きておったのか」
今度は数馬が黙して、そしてしばらくして、
「うん、まあ…下手人はきっと、捕らえようよ、な?」
「………」
次に生じた孝広の沈黙は、結局、朝まで続いていたのである。
――――― 39 ―――――
さて、明朝より四人は孝広を罠にはめた件のやくざ探し及び被害者の身許調べに出掛けた。
孝広、数馬、冬彦、そして江口新八が、手分けして捜査に当たる。
孝広が仮牢を脱走した折、牢内に残してきた彼の刀。あれには血くもりが一切付着していなかった。そして、江口新八は決して無能な同心ではない。侍である孝広が腰に帯びたその大刀も使わず、匕首(のような鋭利な刃物)で女を刺し殺す。しかも、暴れられでもしたのか、二度突いて、三度目でやっと絶命させている。朝倉道場の遣い手がだ。おかしなことだらけで、本来なら孝広は証拠不十分で無罪となってもよいくらいである。
しかし、如何せん天下の将軍様がこの一件の判決を待っておられるのだ。尚且つ、己の嫡子と容疑者との癒着疑惑をもたれている南町奉行山代長門守忠之としては、証拠不十分の無罪などという曖昧な判決を下すわけにもいかないのであろう。
だからこそ、孝広も数馬も冬彦もついでに新八も含めた妙蓮寺孝広とその一味の者どもが躍起になって探索するのである。
彼らに与えられた猶予はたったの三日。十七日には南町奉行より出頭を命じられている孝広であった。
冬彦・数馬の二人は探索に出かけ、とある裏長屋の木戸の前に立った。孝広が襲撃されたという神社のすぐ裏手である。
そこはこざっぱりとした明るい感じの長屋ではあったが、だからといって日本橋有数の大店のお坊っちゃんや大身旗本の若殿様が居て、似つかわしいというにもいささか難がある。
「手初めは、こちらの長屋に致しましょうか、数馬殿」
「…さても、気の長い話だな」
「気の長い、収穫の少ない聞き込みではありましても何もせぬよりはマシでしょう」
二人は長屋の入り口を通り、井戸端の方へ近付いていく。
ぴかぴかに磨かれ夕刻の出勤時間を待つ二八蕎麦の屋台や、破れた障子に侘しげにぶら下がる〈空屋あり〉の木札を通り過ぎていったその奥。
カタコト、カタコト
さんさんと降りかかる陽射し、心の暖かくなるような生活音。井戸の周りには食器を片付けている者、着物を洗う者、顔を洗う者、おしゃべりの合間にテキパキと仕事を済ませていく。
「もし、あの、お尋ねしたいことが…」
そこへ冬彦が声をかけたもので、皆、びっくり仰天で振り返った。
振り返ってくれたまでは良いが、何しろ少年の方は役者張りの美少年で着ているものもずいぶんとゴージャス。あまつさえ、少年の背後に控えたる、のっぽの侍。仁王様のようにそびえ立ち、何故とはなく育ちの良い顔つきで、二人してこの裏長屋の狭い路地に場違いな高級感を漂わせている。
さしものおしゃべり雀達の口もとまってしまったらしく思えた。
この後の行く先々で似たような反応を受けた二人も、最初の聞き込みのその第一声がこれでは、すっかりまごついてしまった。
「えっと、あの、ですね。少々お尋ねしたいことがございまして…あの、お忙しいところにお邪魔致しまして、ご迷惑かとは存じますが…」
しどろもどろで冬彦が言うのを聞いて、数馬は早くも後悔していた。
(一人で来た方が良かったか…)
冬彦とともにいると悪目立ちしてしまう。しかし、それはお互い様、といったところではあろうが。
「何だいね、坊っちゃん」
呆然自失の状態から一早く立ち直っていた女が、おずおずと応える。職人の女房風で、お節介とおしゃべりにかけてはプロ中のプロである。
「こちらの長屋に、こういう人は住んでいませんでしょうか」
如何にも礼儀正しい口調で、冬彦は一枚の紙片を懐から取り出した。唯一の目撃者である孝広に描かせた似顔絵で、同心の江口新八も持っていっている。現場となった神社の境内で孝広を取り囲んだヤクザ者だ。
数馬が再び溜息をついた。こんな聞き込みの仕方で目的が果たせるものやら、ただでさえ少ない希望が足音を立てて逃げ去っていくのが感じられるようだった。だが、ここ数日でずいぶんと厳しい人生勉強を叩き込まれたつもりの数馬でも、まだまだ縦にも横にも斜めにもまっすぐ一本気なままである。日本橋一番のこまっしゃくれ小僧を甘く見ている。
冬彦の声が数馬の思惑を無視して、よどみなく続いた。
「ご存じありませんか? お願いですっ、知っているのなら…いいえ、名前はおそらく変えてらっしゃるでしょう。でも、どうしても探したいのです」
「あれまあ、坊っちゃん。そいつはまたどうしてだね。あんたみたいなお人が関わるような男じゃあないだろうに」
似顔絵に描かれてあるのは、凄みの利いた悪そうな、どう見てもやくざ者。多少、孝広の主観が入り過ぎていたとしても、長屋のおばさん連中が『そうよ、そうよ』と詰め寄るのはもっともなところであった。
「…この人は…私の〈てておや〉なんです」
ガラ、ガッシャン!
数馬が井戸端の桶を引っくり返した。
「まあ、坊っちゃん、何を…」
「いいえ、本当です。この人こそが私の実の父親でした。私がこの事を知ったのは最近ですが、今の養父母は何処か他人行儀で…ううっ…」
と呻いて冬彦は端麗なおもてを伏せた。
「あれまあ、あれまあ」
人の好いおばさん連中はひとしきり驚いてから、
「泣いちゃいけませんよ、坊っちゃん」
もちろん顔を伏せている冬彦は、泣いている筈…なのである。
「まともな生活でないとは分かっています。でも、どうしても―――ご存じありませんか?」
うるうると瞳を揺らし、ヒタと見詰める。この見事な攻撃に、おばさん達は目頭を熱くし、口ごもってしまった。
「そうねえ、力になってあげたいのは山々だけど…ねえ、あんた達、こんな顔を見たことあるかい?」
「さて、ここら辺じゃ見ないけど」
どうにも芳しくない。
しかし、まだ聞き込みは始まったばかり。ここで分かる方がどうかしている。
冬彦は軽く首を振って、連れの侍へ視線を投げた。ところが、数馬。先程からの冬彦のしゃあしゃあとした大嘘に眩暈を覚えているらしい。そこら中にぶつかって、ガチャンガチャンと音を立てている。
「ちょいと、あのお侍さん、大丈夫かい? ふらふらしてっけどさ」
「え~と、あの、お騒がせして申し訳ありません。失礼しますっ」
冬彦は大慌てで数馬の手を引いてその長屋を去っていった。
「気を落とすんじゃないよっ、あたしらも心に掛けとくからねっ!」
長屋のおばさんの声が二人を追いかけていく。
――――― 40 ―――――
一方、江口新八である。
彼はちんぴらどもの出入りしそうな博奕場回りに出かけた。
何しろ彼はメンバー唯一の奉行所同心。しかも外回りの探索方というのだから、いくら駆け出し同心とはいえこちらもプロ中のプロである。
今日は羽織りも十手も腰の物さえ置いてきた。うって変わった〈町人姿〉なのである。粋で聞こえた町方同心、『お江戸の三男』などともてはやされた彼らも、その髪形だけはどうにも野暮との風評だが―――理由はこれ、だ。お役目(犯人探索)上の必要から、町人と侍との両方に化けられるように結った同心髷は、如何に野暮とて仕方がない。
髷の傾きをちょいと違えて町人に化けた江口新八が、大名の下屋敷へ入っていった。嘆かわしいことではあるが、こうした屋敷の中間部屋で賭場が開かれるのはよくあるのだ。
「よっ、遊ばせて貰うぜ」
そう挨拶したからとて、まさかに江口新八、本当に遊ぶわけにはいかない。その実、博奕の腕前は本業よりも良いのではないかと孝広にからかわれている程であるから、ここは辛いところである。適当に儲けた頃に元手の金を残して、そこらにたむろする中間どもに増やした金をぽんとやってしまった。
「まあ、ま、これで一杯やってくんな」
ポンッと実に気前良く。これで、中間どももちんぴら達も途端に愛想が良くなった。
「へえっ!? こりゃどうも、にーさん」
町人の形をした江口新八を金離れのいい上客だなどと思いでもしたのか、髭もじゃの熊五郎のような風貌のその男はニンヤリと、撒かれたくもないような愛想を振り撒いて見せた。
「ところでなぁ…」
と新八、如何にもさり気なく、茶碗の冷や酒を呷りながら、
「おめえたち、こんな野郎を、知らねえか?」
似顔絵を懐から取り出した。ぎょろりと、周りの男達の目が、まるで魚眼のように不気味に向けられる。
「なぁにね、この野郎に俺ぁ、金を貸してるんでね。はした金なら忘れてもやろうが、こっちも参ってるのさ」
さり気なく新八が〈理由〉を説明し、
「へえ…」
髭もじゃの熊五郎が無感動な返答を与えると、何人かの視線がやっと新八の横顔から外れていった。
「知らねえかい?」
「にーさん、こいつの名前は…?」
金を貸していると言った以上、名を知らねばおかしいし、名を間違えば尚疑われる。ここが思案のしどころであった。
「さ、そいつがなぁ、俺の知ってるだけでも藤太に定吉、音平、三太…」
もちろん、口からでまかせである。新八も、この似顔絵を描いた孝広でさえ、此奴の名など知りはしないのである。
新八のしゃあしゃあとした大嘘は町方同心としては褒められてもよいだろう。
「…あれっ!? こいつ、ジョウの兄貴に似てねえか?」
今の今まで〈丁半〉、夢中になっていた奴がヒョイと顔を上げた。先刻のが熊五郎なら、こちらはこずるいキツネといった風情。ちょっと可愛らしい感じの、不良少年である。
「ジョウ…?」
問い返した新八の声と、
「チッ!!」
熊五郎の大きな舌打ちとが同時であった。
「てめえはすっこんでろっ!」
「ひっ!? す、すまねえ、兄貴…」
答えたキツネの小僧は、ぺらぺらと他愛ないことをしゃべっていた口をつぐんでしまった。
その内にいつの間にやら姿を消してしまったところを見ると、新八に話しかけられるのを恐れたのであろう。
明日辺り、大川端にでも土左衛門になって浮いていなければ良いのだが。
「にーさん、俺達ゃどうやら知らねえようだなぁ」
熊五郎の声音は低く、まるで脅されてでもいるような気になってくる。
「そうか。知らぬとあらば致し方あるまい」
残念に思う心が新八に最後の最後でボロを出させた。今の口調はまるっきりの侍言葉である。慌てて、
「手間ァ取らせて悪かったな」
賭場を後にした。
深入りは禁物である。今夜は自分の手先に使っている情報屋のところへ泊まるしかあるまい。ヒタヒタと後をつけてくる足音を不快に思いながら、新八は夜のお江戸を駆け抜けた。
まだ続いてます。
次回もよろしくお願いします。