第一章 ビアル洞窟
【第一章 ビアル洞窟】
俺の名前は、『ライラック』。
俺は、一言で言うとめっちゃ強い。どれだけ強いかというと、五年前に当時、世界を支配していた最強の『魔王』を倒し、世界を救ったぐらいだからだ。
だが、俺は目立つのが好きじゃない。魔王を討伐した理由は単純に『お金が欲しかった』だけだ。当時、魔王を倒した者には莫大なお金が貰えたのだ。そして、魔王討伐をした後、俺はお金を手に入れて姿を消した。
それから三年が経った現在まで、俺は故郷の街『ティール』で今までの過去を捨てて日々を過ごしていた。もちろん、街の人たちが、俺の正体など知るはずもない。俺は、顔を隠すことなく、ごく普通の『一般人』として生きていくことができた。
そう、『あの日』がくるまでは・・・。
俺が魔王討伐をしてから四年目を迎えそうなある日のことだった。
「た、大変だー!!」
街の男が一人、大声を上げながら慌てた様子で街を走っていたのを俺はコーヒーを飲みながら見ていた。
「おい、一体どうしたんだ!?」
近くにいた男が追いかけて聞き出した。
「き、聞いてくれ・・・!!『メルビー王国』が、化け物の集団によって壊滅したらしいんだ!!」
メルビー王国とは、ティールから約400kmほど離れた距離にある国だ。ちなみに、ティールは、『グロンス王国』にある街だ。メルビー王国は、グロンス王国よりも遥かに軍隊力が強く、多数く存在する国の中でも上位に位置するほどだ。
「おいおい・・・。この街にもいつ、そいつらが攻め込んでくるか分かったもんじゃないぞ・・・。」
「メルビー王国が負けるくらいだぞ!!うちの国が戦っても勝てるわけないじゃないか・・・。」
その国が滅んだという情報は、この街の人達にとってはかなりの衝撃だったようだ。みな、相当ショックを受けている様子だった。
「で、でもよ。あのライラックなら、その化け物の集団を倒せるんじゃないのか!?」
一人の街人が、思い出したかのように言った。遠くで聞いていた俺は、思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。
「そうだ!!あの伝説の勇者なら、また世界を平和にしてくれるさ!!」
不幸なことに、俺の名前を言い出す人がどんどん増えていく・・・。
自分の正体がバレてないとはいえ、居づらい気持ちになったので、俺は早々とその場を離れ、家に帰った。
メルビー王国が滅んだという知らせが届いてから一週間後のことだった。
「久しぶりねライラック。」
黒くて長い髪の女が俺の家にやってきた。彼女の名前は『エリナ』。俺の正体を知る数少ない人物だ。
「あ~、やっぱりね・・・。」
俺はため息まじりに独り言をつぶやいた。彼女が何をしに来たのかは、大方の予想がついているからだ。
「メルビー王国の話は、耳に入ってるとは思うけど・・・。」
俺の悪い予感が的中した。彼女は、何か事件があると俺のところへ来る。
「ああ、知ってるよ。・・・で、俺にそのメルビー王国を滅びした奴らをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「当然よ。世界の平和を揺るがすような存在は危険。」
また始まった。彼女の癖が・・・。
「分かった分かった。とにかく倒しに行くから、そいつらの居場所を教えてくれ。」
俺に拒否権などない。俺は彼女にある『弱み』を握られているからだ。
「奴らは『ビアル洞窟』を住処にしているわ。」
「ビアル洞窟?魔物がうじゃうじゃ住んでいるあの洞窟か?」
「そう。そして今回の事件の真犯人こそ、ビアル洞窟の主『ボルケウス』なの。」
「ボルケウス?ああ、海龍種の魔物か。そりゃあ、メルビー王国が滅びるわけだ。」
「私からの話は以上よ。さあ、早く行ってきなさい。」
彼女は、抑揚のない口調で俺に命令した。
「・・・分かった。」
俺は一言だけ返答して、ビアル洞窟に向かう準備をした。
「『私は、あなたに死んで欲しいけど、生き続けてもらわなければならない。忘れていないわよね?』」
彼女が去り際に俺を睨みつけて言った、この強い恨みのこもった言葉が何度も頭の中で繰り返されつつ、俺は準備を済ませると家を出て行った。