せっかくなら私も異世界転生してみる
溜息と共にスマホを閉じた。
ベッドに寝転び、ついさっきまで読んでいた小説について考える。
友達も彼女もおらず、お金もなく、バイトの合間に唯一の楽しみであったゲームに打ち込んでいた自堕落な青年が、ある日異世界に転生し、ゲームで培った知識でたちまち勇者に成り上がる……というような話だ。
最近転生だとか、転移だとか、そういった話が多い気がする。確かに、第二の人生を送れるわけで、しかもそこでは英雄になれたりするのだから願ってもない状況だ。読みながら、自分にもこんなことが起こったら、なんて考えることも出来るかもしれない。
毎日毎日つまらない生活を送っていて、未来への希望などとうの昔に捨ててしまった。頑張っても上手くいかないことを知ってしまった。そんな私でも多少共感出来るストーリー設定なのがまた転生ものの魅力なんだろうか。
よく分からないが、そういう時は実際に転生してみるに限る。
ある日私はそう思い立ち、このつまらない世界から“転生”してみようと決めた。なんとか皆の反対を押し切り、転生させてもらえることになる。
次の世界への期待を胸に、そっと目を閉じた。
ゆっくりと目を開ける。
見慣れない景色に一瞬戸惑うが、すぐに転生したことを思い出した。目の前に広がるのは青い地面と暗い青空。……なんだ、ここ?辺りは全くの静寂でまるで静止画でも見ているようだ。
自分の身体は、と首を動かそうとするがそもそも何の感覚もない。まさか、人型ではない何かになってしまったのだろうか。いやしかし、見えてはいる。目はあるということか。前世……というのだろうか、今までの記憶はあるがこの世界については依然何も分からないままだ。
どれくらいの時間が経ったのだろう。何の変化もないこの青い世界にいい加減飽きてきた。全く、何が転生だ。こんなの面白くもなんともないじゃないか! やっぱり、所詮は作り物、小説の中だけの夢だったのか……。
私は落胆し、もう一度転生を試みる。次こそは、楽しい世界に……!!
ゆっくりと目を開ける。今度はすぐに状況を把握した。
私は……いや僕はどこにでもいる平凡な高校生で、今は定期テストの真っ最中。しかも今日は苦手な数学と物理のテストの日だった。
……なんだって? コウコウセイ、テイキテスト? スウガク……??
それに、なぜ性別が変わるんだ! 私は女として生きたかったのに。
起き上がる気にもならなかった。こんな訳の分からない世界で英雄になどなれるはずがない。何より記憶によれば、私が入り込んだこの男は現実に飽き飽きしていて、自分も異世界転生したい……なんて考えていたようなのだ。
私がこの男として生きることになる前に、さっさと元の世界へ戻ろう。
うんざりして目を閉じた。また、無駄に希石を使ってしまった。シィナやカルにきっと叱られるな……。
あぁ、せっかく楽しい人生を送れるはずだったのに。
ゆっくりと目を開ける。いつもの、私の部屋だった。無理を言ってリリ様に頂いた希石はすっかり色褪せてしまっている。まぁ戻ってこれて良かったと思うしかないか。いくら私の力がマーク地点への絶対回帰だとは言え、皆の言う通り転生後もその効果が発揮されるとは限らなかった訳だし。
溜息とともに立ち上がり、メールを確認した。本日の仕事は16件、面白くもない雑魚モンスターの討伐だ。
全世界を恐怖に陥れた悪の魔王と戦い、倒してからすでに12年。一時は勇者だなんだと騒ぎ立てられたが、あんなもの、もはや過去の栄光に過ぎない……。
全く、飽き飽きする。何か面白いこと、起こらないかな……。
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