雨の日の四月一日堂・後編
楽しかったのでまさかのその日のうちに次話投稿です。
前は約2年間が空いて今回は1日も空かないとかいう緩急つけた投稿ですね。
これにて第1話完結でございます。
雨の日の四月一日堂・後編
「そうですか?まだ話足りないんですが」
全然全くこれっぽっちもそんなこと思っていないくせにそう口にする男に思わず口を挟む。
「アレ、良くないです」
「ああ、あなたも居ましたね。そういえば」
こちらの言葉に振り返り、碌でもない笑顔を貼り付け口にする男。確か、月立白兎と名乗ったか。手にした瓶に入ったなにかを楽しそうに振りながらこちらに話しかけてくる。すっとぼけたことを言っているがこちらのことを忘れるはずがない。ずっとこちらのことを気にしていたのは知っているから。
「なにかおかしなことがありましたか?私は彼女の願いを叶えてあげただけなのですが」
白々しいにもほどがある。彼女は必死だったから気づかなかっただろうが、これはもっと根が深い話だ。こいつはそれに気づいていながら敢えてこうなるように仕向けた。最低だ。
「それはさて置き、貴方の方の問題なのですが」
「さて置かない」
楽しそうに話す言葉を遮ってやる。ざまあみろ。私は彼女を見逃せない。自分には関係のない人間だからと見て見ぬふりは出来ない。今の自分にどうにかできるならしてあげたい。だから、目の前のこの男も利用してやろう。そう考えると、少し楽しくなってきた。
「私は彼女が気になるので追いかけます。貴方はお好きなように」
この男が自分を追いかけてくるだろうことは予想して、そう言い捨てる。私も大概だなと思いながらもこの男に比べたら大分マシだろうと結論付けて知らぬふりをする。
案の定店を出る私に、男―――月立白兎はついてきた。それはそうだろう。彼にとって私は、決して見逃すことのできない存在なのだから。
――― ――― ――― ――― ―――
どうして、どうしてこんなことになってるの?
雨の中を走りながら頭の中に疑問符を浮かべる。もう不幸体質は治ったんじゃなかったの?もう私は普通の人生を送って良かったんじゃないの?なのになぜ、私は死にかけているの?
ズルッ
店、四月一日堂というアンティークショップを出てから、すでに3回は死にかけた。
道を歩いていると看板が目の前に落ちてきた。
歩道橋の階段で前を歩いている人が滑って、目に傘の先が刺さりそうになった。
青信号の横断歩道にトラックが突っ込んできた。
ズルッ
おかしい。こんな短時間でこんなにも死にかけるなんて絶対におかしい。
そりゃ私は不幸体質だったけど、今まで自分が死にかけたことは無い。なのに今日は明らかに私の命を脅かそうとすることが多すぎる。
ズルッ
なんで?私は助かったんじゃないの?
ズルッ
泣きながら駆け込んだ路地裏で、行き止まりにたどり着く。肩で息をしながら、気づかないふりをしていたもの、見ないようにしていたものに振り返る。
「なんであんたみたいな変なのに追いかけられないといけないのよ!」
ズルズルと音を立てながらずっとこちらに着いて来ていたモノに叫ぶ。ソレは黒い粘液状のもので、所々に人間の顔らしきものが浮かんでは消えていく、そういうモノだった。
「意味わかんない!なんで?もう私は自由のはずでしょ?救われたはずでしょ?」
ただただ叫び声をあげる。だって気づかないフリをしていたけども、それは死という概念そのものだったから。これが私の死なんだと、そう直感的に気づかされていたから。私には叫ぶしかなかった。
「あーあ。だから人の話はちゃんと聞きましょうねって小学生で習うんですけどねぇ」
路地の入口。逆光になって良く見えないけど、そこにあの男が立っていた。
「私はちゃんと忠告もしたし、コレについてもお話しようとしたのに、ちゃんと話を聞かないものだからこんなことになる。困ったものです。」
「あ、あなた……なんでここに?」
「いやぁ、私としてはアフターサービスもしましたし?あなたについてはもうどうでもよかったんですが、こちらのお客様が納得いかないようでして」
震える声で尋ねた私に、張り付けた笑顔で白々しいことを言う男。彼の後ろには一人の少女が立っていた。
「誰?」
「誰でもいいです。それよりあなた、そのままだと死にますよ」
感情のない声で返答する彼女。そうだ、そんなことを気にしている場合ではないのだ。ソレは少しづつ私に近づいてきている。
「なんとかしてよ!これ!できるんでしょ?」
「まぁまぁ慌てずに。ソレの解説をさせてくださいよ」
一瞬で頭に血が上り、罵倒を浴びせようとするが、先程の言葉を思い出す。きちんと話を聞かないからこうなったのだと。確かに、私は慌てるあまり彼の言葉をきちんと聞いていなかった。だから聞かないと。
「ソレは貴女、藤宮冬華さんが生まれたときに、その名前に取り憑いたものです。死という概念、貴女は生まれながらに死ぬ予定だったんですよ」
「は?」
意味のわからない言葉に口から息が漏れる。
「それを何とかしていたのがこちら、弾鬼です」
先ほど私から引きはがした鬼の入った瓶を振りながら楽しそうに答える男。はじき?
「この鬼の特徴はですね?取り憑いた人間に訪れる死を無作為に周りに弾くことです。そうやって宿主の命を長らえさせて、周りに不幸を振りまくのがこの鬼なんですよ」
そんな……それって
「私は……他の誰かの命を犠牲にして生きてきたの……?」
「その通り。でもあなたが気に病む必要はないですよ。全部この鬼が悪いんですからね」
瓶を小突きながら笑う男。そんな簡単に割り切れるわけないじゃない!
「つまりこの鬼さんが憑いていたからあなた自身は生きられていたのに、それを切り離してしまったから、今まであなたを殺せずに鬱憤がたまっていたそちらの死の概念さんが張り切ってしまったというわけですよ。よく即死しませんでしたね。驚愕です」
何でもないことのようにこちらの死を語る男に震える。この男には人間らしい感情は無いのだろうか?そもそも本当に人間なのだろうか。
「あなた……それをわかっていて私からソレを切り離したの?」
「だから確認もとったしその後のことも話そうとしたでしょう?人を悪者みたいに言わないでくださいよ」
頭に来る。頭に来るが正論だ。確かに男に非はない。悪いのはきちんと話を聞かなかった私だ。
「どうでもいいですけど、そろそろ不味くないです?」
少女の言葉に我に返る。もう、死はすぐそこまで迫って来ていた。
「あなた!どうにかできるのよね?早くどうにかしてよ!」
「いやぁ、藤宮様から頂いていた報酬でできるのはあそこまでなので。追加で報酬をいただかないとどうにもできないんですよ」
この期に及んでこの男は!ふざけるな。こっちは命が掛かっているというのに。
「なんでもいいわ!払ってあげるから早くこいつをなんとかしてよ!」
「交渉成立ですね。では失礼して」
男は無造作にこちらに歩いて来ると、死の横を通り過ぎ、こちらの胸元にあの包丁を突き刺した。
「では、あなたの名前とあなたを切り離しましょう。こいつはあなたの名前に取り憑いている死なので。それでなんとかなるでしょう」
路地の入口で、あちゃあという顔で顔を覆う少女。今更ながらこの男にどんなものを請求されるのかが怖くなってきた。
「ついでです。報酬代わりにあなたのお名前をいただきましょう。名前というのはとても価値のあるものなので」
消えていく死を眺めながら、そんなぞっとする言葉を聞いた。名前を、支払う?私の〇〇〇〇という名前を?あれ?私の名前なんだっけ。
「いやぁ、良かったですね。これでもう死に怯えることは無いですよ。あー……依頼人さん」
これで本当に良かったのだろうか?もう、わからない。だって私は自分の名前なんてもう思い出せないのだから。そもそも人間って名前がなくて生きていけるものなの?
「なにも良くない」
スッと私と男の間に割り込んでくる少女。この子誰だっけ?そもそもなんで私はここにいるんだっけ?あの胡散臭い男はなんであんなに楽しそうに笑っているんだろう。
「この子には、私の名前をあげる。それでいいでしょ?」
「はい?」
何を言っているんだろう?わからない。でも男の驚いた顔は、なぜか胸がすかっとした。
――― ――― ――― ――― ―――
「あなた正気ですか?自分の名前を人にあげるなんて」
「別に、どうせ最初からそのつもりだったし。貴方に悪用されるくらいなら、あの子に使われた方が何倍もマシ」
呆れたような男の声に、事実を返す。私がこの店に来た理由は、名前を捨てる為だった。だから丁度いい。
「はぁ……あなたの名前にどれだけの価値があったと思ってるんですか?」
「知らない。それより」
なんです?と返す男に尋ねる。
「あなたこそ正気?私をアルバイトとして雇うなんて」
この男が私から名前を奪って、あの子に与えてから告げた言葉。私から名前を奪う報酬がそれだった。
「しょうがないでしょう?あなた、無一文じゃないですか。名前もあげちゃって、報酬なんて支払えないんですから、バイトでもして返してくださいよ」
因みに私の名前をそれなりの所に売ると、一国が傾くくらいの価値らしい。勿体ないことをしたかもしれない、と少し後悔するものの、そんなものがこの男に悪用されなかっただけマシと考えよう。
「あの子、大丈夫?」
「さぁ。少なくともあの名前はあなた以外の人が持っていても無害なものですから。その筋の人間以外には無価値でしょうし、大丈夫じゃないです?」
良かった。一つ心配事が減った。これで私の名前のせいであの子がまた不幸な目にあったら、流石にかわいそうすぎる。
「さて、それじゃあこれからはこき使いますからそのつもりで。バイト娘さん」
「バイト娘?」
「名前がないんだからそう呼ぶしかないでしょう?」
バイト娘、うん。しっくりくる。まるで二年前からそう決まっていたように、この名前は良く馴染む気がした。
「これからよろしくお願いします。人でなしで碌でなしの店主さん」
――― ――― ――― ――― ―――
「おっと」
碌でもない記憶を思い返していたら珈琲を入れ終わっていました。いやしかし、今思い返しても本当にあの店主は碌でもないことしかしていないな。
「呼びました?」
急に背後から声をかけてくる店主に振り返る。
「別に呼んでませんけど?」
「あなたじゃなくて珈琲が私を呼んだんですよ」
減らず口を、と思いながらもこちらの思惑通りに釣れたのでなにを企んでいるのか尋ねるとしよう。
「姿が見えませんでしたが、なにを?」
「そんなに私の動向が気になります?いやぁ照れますね」
無視して珈琲を入れる。無論自分の分だけだ。
「弾鬼の使い先ができましてねぇ。いやはやあの使いづらいものがお金に代わるのは良いことです」
弾鬼というのはあの死を弾くという鬼か。あんなもの、自分の命のことしか考えていないような人でなしくらいしか欲しがらないと思ったが……まあ実際そういう人間は結構いるのかもしれない。
「また変なこと考えているようでしたら店の物、台無しにしますんでそのつもりで」
「勘弁してくださいよ。あなたが言うと冗談にならないんですから。大丈夫ですって。きちんと納得していただいた上での契約ですから」
どうだか。この店主のことだ。大事なことは話さず、上手いこと騙したに違いない。本当に店の物全部台無しにしてあげようかな。でもそうするとバイト先がなくなって困る。今の私はここ以外行くところもないのだから。
仕方なしに店主の分の珈琲も淹れてあげながら、私はため息を吐く。ああ、このふざけた店主との付き合いもまだまだ続きそうだな、と。
どうも、バーチャルYouTuberやってます月立白兎です。一応物書きです。
自分の活動の一環として始めたこの作品ですが長い間放置してしまいました。楽しみにしてくださった方申し訳ございません。
これからは定期的に執筆出来たらなと考えておりますので続きをお楽しみに。
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