雨の日の四月一日堂・中編
え?何か月ぶりどころか何年振りかの投稿ですが続き書きました。
最近他の執筆で筆が乗り、時間が空いたので更新です。本当は前後編で終わらせたかったのですが長くなりそうなので中編です。このあとの後編でオチです。
前編読んでないよって方はこちらから→https://ncode.syosetu.com/n2650fg/1/
「こちらをどうぞ」
かすかな音と共に、目の前のカウンターテーブルにティーカップが置かれる。中身はコーヒーだろうか?あたたかい湯気と共に漂ってくる香りでそう判断する。
私が座っているのは四月一日堂という名前のアンティークショップのカウンターテーブルの一角だ。雨でびしょびしょになっていたことを思い出して少し罪悪感にかられる。
あの後、私がお店のドアを開け、店主が私に声を掛けた後、彼は店の奥へと引っ込むと私にタオルを渡してき、店のカウンターまで案内した。すぐ近くには年代物の石油ストーブが煌々と燃えており、薄暗い室内でもそこだけは安心感のある空間だった。
「さて、あなたは藤宮冬華さんで間違いないですか?」
こちらがコーヒーに口をつけるのを待って、男が口を開く。
突然本名を言い当てられて、私は思わず急き込んだ。口に含んだコーヒーを吐き出さなかっただけでも褒めてもらいたい。
「ッゴホッ……なぜ私が藤宮冬華、さん?だと思ったの?」
目の前の男はありていに言って胡散臭い。もう見た目からして胡散臭い。いかにも今からあなたを騙してお金をだまし取りますよーと言うような風体だ。
そんな男に素性がばれるのが嫌で、とぼけてみせる。果たして目の前の全部見透かしたような目をしている男に通じたのかはわからないが。
「なかなかに良い警戒心をお持ちで、実に良いですね」
その警戒心がいつかあなたを救うことでしょうと続けながら男はこちらにお茶請けと思われるクッキーの乗った皿を差し出してくる。
「あなたの叔父様からあなたの事を相談されてましてね、一目見てわかりましたよ、この子が藤宮様のおっしゃられていた姪っ子なのだろうと」
なるほど、と内心思う。彼が本物のそういう力を持った人間なのだとしたら私の体質などお見通しなのだろう。そしてそれと叔父さんから聞いた話を照らし合わせてアタリを付けたというわけだ。
「しかしおかしいですねぇ?藤宮様はこのような店に大事な姪っ子を連れてこられるか、とよくおっしゃっておりましたので、まさか私もあなたがここを訪れるとは思ってもみませんでしたよ、藤宮冬華さん」
もう一度、こちらの名前を確認するようにゆっくり呼ぶ男に若干イラッとするものの、叔父の心遣いには感謝したい。
正直この店は異常だ。なにが、と問われるとわからない。別にその辺にホルマリン浸けの脳みそがあるとか、魔術の実験用に首を飛ばされた鶏がいるとか、そういうことではない。
ただ、この店に入った瞬間から妙な圧迫感を感じるというか平衡感覚が狂ってしまったように感じるとか、そういう目には見えないけどなにか違和感を感じる、と言うことが積み重なって、私はこの店を異常と感じている。
出来ることなら一分一秒でも早くこの店を出て行きたい。30分もいれば常人なら気が狂ってしまいそうなこの空間から逃げ出したい。
叔父がこの店に私を近づけたがらなかったのも頷ける。と、同時に私の為にこのような場所に足を運んでくれていた叔父に、また感謝と後悔で涙がこぼれそうになる。
「それで……藤宮冬華さん、ということでお話を進めさせて頂きますね
「あなたがここに来た理由ですが――私には見当がついております
「というかあなたを一目見た瞬間に納得したというか理解したというか
「正直に申し上げますと、私はあなたに謝らなければなりません
「ちょ、ちょっと待って」
朗々と、詩を読み上げるように口を開き続ける男に思考がついて行かず、思わず待ったをかけてしまう。
男は素直に口を閉ざし、こちらの言葉を促してくる。
「あ、あなたは私がここに来た理由がわかるの?」
頭の中で整理ができないまま、一番最初に頭に浮かんだ疑問を相手にぶつける。見透かされるような気がして、男の顔は見られない。
「藤宮様、お亡くなりになられましたね」
言葉に、一瞬息が詰まる。何かを言おうと口を開くのに、言葉は音にならずに消えて行ってしまう。
自らを落ち着けるためコーヒーに口をつけ、私は再び口を開く。
「どうして、そう思ったの?」
「今のあなたの反応で確信いたしました」
にやりと、男がいやらしく笑う
「まず、藤宮さま――あなたの叔父様が絶対に近づけないと言っていたあなたがここにいること
「第二にあなたのその様子、明らかに何か、それも良くない出来事があったという様子からの推測
「第三に、これはオカルティックな話になるのですが貴方から漂う死の臭い、ですかねそういうもの
「そして最後に先ほどのあなたの反応。全てを加味してです」
「私に謝らなければならないって、どういうこと?」
男の的を得た言葉に否定も肯定もせず、疑問を投げかけてみる。今の所この男から謝罪を貰う意味がわからないからだ。
「私は、あなたの体質を大分甘く見積もっていました
「そのせいであなたの叔父様を死なせることとなってしまいました
「あなたのその体質は普通ではありえないほどの恐ろしいものだ
「それに気づけなかったのに専門家などおこがましい
だから、謝らせてほしいと、男は言った。正直そんな謝罪はいらなかった。それよりも自分の体質がそんなにも酷いものだと知って、絶望感が襲ってきた。
「これ、そんなに酷いものなの?」
「ええ。生半可なことではどうしようもないでしょう
「ですがあなたがここに来てくださって良かった
「私ならば、いえ、この店ならばそれをどうにかできます
言葉を聞いて、ふっと体から緊張感が抜けるのがわかった。長年私を苦しめてきたコレが、なんとかできるとこの男は言うのだ。やっと、やっと苦しみから解放される。そう思うと自然と涙が零れ落ちてきた。
――― ――― ――― ――― ――― ―――
「さて、藤宮さんが泣き止んだところで、早速ソレをなんとかしましょうか」
こちらが泣き止むのを待って、男は何やら取り出した。包丁と、瓶?
「あの……それは?」
「これは『別れ刺す』といって物事の縁を断ち切る包丁です。これであなたとあなたについているモノの縁を断ち切ります」
本当にそんなことが可能なのだろうか?見た目は只の古臭い包丁なのだが。しかし、この男の言葉には謎の説得力がある。どこか浮世離れした男だから、そういう事も出来てしまうと、そう信じてしまう。
「は、早くやって!それで私からこのふざけた体質を切り離してよ!」
私の言葉を聞き、男はなにかよくわからないものを瓶から私に振りかけた。きらきらと光る、白い粉?
「何?何をしたの?」
「これであなたにも見えるはずです」
男の言葉が耳に入るより先に、理解した。私の目の前にソレがいたから。
「な、何なのこいつ!」
「ソレがあなたに憑いていたものですかね?これの名前は…」
慌てる私に冷静に話す男。こいつには目の前のコレが見えていないのだろうか?
とても言葉では言い表すことの出来ない形容しがたいソレは、それでも言葉で表すとするならば、鬼だった。とても禍々しく、醜悪で、見るものすべてに嫌悪感を与えるような、そんな存在だった。
「こいつがそうだっていうなら、早く引きはがしてよっ!」
私は目を反らして叫ぶ。こんなものが憑いていたから!皆、皆不幸になってしまったんだ!こいつが全部の元凶なんだ!こいつさえいなくなれば私も人並みに生活できるんだ!ただそんな思いで叫んだ。
「本当にいいんですね?コレを引きはがして」
なのに男は軽々しくそう尋ねてくる。なんなのだこいつは。この状況でこれを引きはがす以外に選択肢などあるはずもないのに!
「いいから!早くしてよ!」
もはや半狂乱になりながら私は叫ぶ。一時も早くこの化物と縁を切りたかった。
「それでは、後悔しないように」
そういって男はためらいなく私に包丁を突き刺した。縁を切るって言うなら切るんじゃないの?とか場違いな考えが浮かんだけどもそれよりも
「はい、これできれいさっぱり縁が切れました」
男は無造作にソレをつかむと持っていた瓶の中に放り込んだ。質量保存の法則とか、今更言ってももう遅いんだけど色々無茶苦茶だ。
「お代はいただきません
「これは貴方の叔父様に対するアフターケアの一つです
「それでですね?」
男の言葉が耳に入ってこない。ただただ嬉しくて、悲しかった。あんなに私を苦しめたものがこんな簡単にいなくなるなんて。なぜもっと早くこうできなかったのか。口惜しさと後悔が襲ってくる。でも、それ以上に嬉しい自分が、とても嫌だった。
「大丈夫ですか?そんなに嬉しかったですか?」
「っ!そんなことはないです!お代は要らないんでしたよね?それじゃこれで失礼します!」
こちらを見透かしたような男の言葉に、早くこの場から居なくなってしまいたいと席を立つ。このままここに居たら全て見透かされて、自分の嫌な部分を全部見せられそうだ。
「そうですか?まだ話足りないんですが」
全然惜しげもなくそう口にする男を無視して、入口へ向かう。やっとこの嫌な空間から外へ出られるのだ。
「結構です!それでは、ありがとうございました!」
もう二度と会いたくないですけど、とは口に出さず店を出る。これで、やっと私は普通になったのだ。これからは今まで不幸だった分幸せになりたいな。なんて小さな願いを胸に歩き出す。
これからが、私の新しい人生だ。
そういえば、と。歩き出してから気づいた。私は男の名前さえ聞かなかったなと。
どうも、バーチャルYouTuberやってます月立白兎です。一応物書きです。
自分の活動の一環として始めたこの作品ですが長い間放置してしまいました。楽しみにしてくださった方申し訳ございません。
これからは定期的に執筆出来たらなと考えておりますので続きをお楽しみに。
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