雨の日の四月一日堂・前編
皆様初めまして、TwitterやYoutubeで活動中のVtuber(バーチャルユーチューバ―)の四月一日堂です。
四月一日堂は動画編集やツッコミ担当のバイト娘とTwitterとVtuber担当の店主、月立白兎の二人で経営しております。
こちらでは動画やTwitterでは見られない四月一日堂の一面を文章にしていきますのでよろしくお願いいたします。
四月一日堂Twitter→https://twitter.com/watanukidou
しとしとと、窓の外で降り注ぐ雨の音に耳を傾けながら私はキーボードを叩く。カタカタと乾いた音が耳に心地よい。
店の中央におかれた旧式の石油ストーブの上の薬缶からは蒸気があがり、店内を丁度良く加湿してくれている。
私はバイト娘と呼ばれている存在だ。このお店――四月一日堂と呼ばれるアンティークショップ、でいいのだろうか。そこで住込みのアルバイトをしている。
今私が座っているのは、入口の扉から向かって左側の、店の中心付近に据えられたレジカウンターの裏側だ。店番の時は大体ここにいる時が多く、またほとんどの場合は私が店番をするので実は結構私物を持ち込んでいたりも。
私から向かって真正面、通路を挟んで反対側には来客用のテーブルとソファーが据えられており、その後ろの棚にはなにやら訳の分からない物品が所狭しと並べられている。
一度並べ替えようと手を伸ばしたことがあったのだが、店主曰く均衡のとれた今の状態を崩したら店どころか県一つくらい吹き飛びますよ、とのことだ。どこまで本気なのか未だにわからないがさわらぬ神になんとやらということで、あの棚の整理は諦めました。
というかあの棚に限らずこの薄暗い店内には様々な物が乱雑に置かれている。ほとんどが用途のわからないものばかりで、どこに何があるのか、どのように使用するのかなんてのはあの変人にしかわからない。
集中力が途切れているな、と辺りに気を取られがちになっていた自分に気が付き、すっと目を伏せる。思ったよりも疲労がたまっていたようで目の奥に重さを感じる。
そのまま背もたれに体を預けるように背伸びをして店内に再び視線を戻したところで、やっと気づいた。
あの胡散臭くて辛辣で慇懃無礼で鬱陶しいことこの上ないこの店の店主の姿がない。先程まではストーブを挟んで反対側のテーブルの上でなにやら店の小物をいじっていたはずなのですが。
また面倒くさいことになりそうだな、と思う。あの店主が何かする時は大体こちらにまで被害が及ぶからだ。
この前は……そう、カップルを強制的に別れさす『別れ刺す』とかいう包丁を販売してたんですがまさかのカップルどっちか片方を刺して別れさすという呪いのアイテムだったという事件がありましたね。
回収に向かった先が血の海になっているとは思いもよりませんでしたよ。
小さく嘆息をして、コーヒーを点てるべく立ち上がる。あのコーヒー狂いのことだ、香りに釣られてどこからともなく姿を現すだろう。その時に首根っこを摑まえて何をたくらんでいるのかを聞き出さなければ。
店の奥、二回へと上る階段の手前に設置されたカウンター。その裏に回り込みカップやらドリップ紙などを準備していく。
ここでは簡単な軽食も出せるようにと、わりと多くの調理器具や調味料が準備されている。作るのはもっぱらあの変人だが。
なぜアンティークショップで軽食を?と以前店主に尋ねると「うちの店はなんでも置いてある、をモットーにしてましてねぇ、軽食もその一環ですよ」などという答えが返ってきたことがある。謎だ。
ケトルでお湯が沸くまでの間、ぼーっとカウンターの正面にある店の入り口を眺める。扉に取り付けられた鐘が鳴ることはめったにないのだが、あの澄み渡るような鐘の音は、実はすごく気に入っていたり。
そういえば、とドアの向こう。未だ降りやまない雨を目に入れながら思い出す。私が初めてこの店に来た時もこんな雨の日だったなぁと。
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私は雨の中を急ぎ足で歩いていた。冬の雨は冷たく、徐々にこちらの体温を奪っていくがそんなものは関係なかった。傘も差さず雨の中をただ歩き続ける。周りの人間は他人になど興味ないのかこちらをちらりと見るだけで、すぐに目をそらす。
もう沢山だ!そんな言葉が口から洩れそうになるのをこらえながら、無言で歩を進める。こちらとて他人に構っている暇などないのだ。
私は生まれつき、変わった体質を持って生まれた。不幸体質、とでもいうのだろうか。
一番最初の不幸は私が生まれたその日、両親が死んだこと。錯乱した医師にメスで切りつけられて死亡したらしい。どうやらその医師は常習的に覚せい剤を使っていたらしく、運悪く私の両親は巻き込まれて死んだとのことだ。
両親が死亡して、私は父方の祖父母に引き取られたらしい。らしい、というのは私が物心付く前に二人とも事故で死んでしまったからだ。
幼い私を連れて買い物に行く途中、居眠り運転のトラックに衝突され、前部座席に座っていた二人は亡くなり、後部座席にいた私だけ奇跡的に助かった、と後程聞かされた。
その次に私を引き取ったのは母方の祖父母だった。二人は厳格な性格ながらも愛情を持って私を育ててくれた。
でもそんな二人も私の小学校の卒業式に向かう途中、暴漢に襲われて亡くなった。曰く誰でも良かったから殺したかった、だそうだ。
そして、今朝、その後私を引き取って育ててくれていた父の弟夫婦、私の叔父叔母にあたる人たちが、自殺した。
彼らは子供が出来ないということもあって、私を実の娘のように育ててくれた。そんな彼らが私に関わったせいで多大な借金を背負い、自殺を選んだ。
私は頬を流れる涙を拭うこともせず、歯を食いしばり歩を進める。
叔父は日記を残していた。
内容を確認すると、叔父夫婦は私のこの不幸体質に気づいていたらしい。まぁ、私の人生を鑑みれば誰でも気づくことではあるのだが。
そして叔父は、私の体質がなにか、オカルトめいたものに起因するのではないかと考え、専門家に相談していた。
このような方法を試した、こんなオカルトアイテムを購入してみた。少しは改善されたように思う。あの子が幸せになりますように。そんな言葉が綴られた日記を読んだとき、感謝と罪悪感、そして後悔がふつふつと湧き上がってきた。
私はこの体質を理解してからは、なるべく他人とは深くかかわらないように過ごしていた。今までの経験則からして、関われば関わるほど私の不幸に巻き込まれる確率が上がるからだ。
だから、学校でも友達はつくらず一人ぼっちだったし育ての親である叔父夫婦にも心は開かなかった。
なのになぜ、彼らはこんなにも私を愛してくれたのだろう。今となってはもうわからない。
そうして雨の中、歩を進めて、進めて、進めて、気が付くと私は一つのお店の前に立っていた。
店、でいいのだろうか、と一瞬疑問に思う。店内がのぞけるはずの窓は物が積み上げられていて中がのぞけないし、店の壁には何やらツタのような植物がからみついている。
唯一ここが店であると示しているのは扉の上に掛けられている看板。
『四月一日堂』
木製の看板に書かれた文字を見て確信する。ここが、叔父の日記にあったオカルトの専門家のいる店だ。
叔父の遺書に書かれていた、何かあればここを頼りなさいと、そう書かれていた店だ。
私は一度大きく息を吐くと、扉に手を掛け、少し重めのそれを押し開ける。からんからんと乾いたような鐘の音が、妙に不吉に聞こえた気がする。
ドアベルに反応してこちらに顔を向けてくる人物――長身で細長くて、暗い色のスーツを着て、錆びた鉄のような色の瞳でこちらを見つめてくる男が、絵にかいたような笑みを顔に張り付けて、口を開く。
「ようこそ四月一日堂へ、本日はどのような商品をお探しでしょうか?」
とりあえずはお店の雰囲気とどのような人物が働いているのかを知ってもらうための一話となります。
こちら前編となっておりますので後編をお待ちください。
感想などお待ちしております。