魔王フール
サンドリヨン王国エラの元に、ヴィルドンゲン国女王マルガリータから、アナスタシアの遺品が届いた。
遺品は、アナスタシアが最後に着ていたボロボロになった侍女服と、エラが誕生日プレゼントにあげた指輪だった。
山道を踏み外し、転落したという事を聞いて覚悟はしていたが、心の何処かでは生存を期待していた。
エラは、指輪を手に取ると両手でギュッと握りしめた。
「エラ、大丈夫か?」
王が心配して話しかける。
「陛下、申し訳ありません。少し部屋で休んでも?」
「ああ、構わん。ゆっくり休みなさい。」
「ありがとうございます。」
エラは、母親が死んだときも父親が死んだときも泣かなかった。泣いたからといってどうなるものでもないと自分に言い聞かせていたからだ。
自室に入り、ベッドに蹲ると、エラは大いに泣いた。
涙と共に後悔の念が溢れ出す。
私が、外聞を気にせず傍に置いていれば・・・。
王妃という権力を使い、どこぞの貴族に嫁がせれば・・・。
今更、後悔してもどうしようもないことが、止まらない。
まだ父が死ぬ前の事が、何度も繰り返すように思い出される。
妹が出来て嬉しかったアナスタシアは、まるで本当の妹のように接していた。まだ父が生きていた為、それを咎める者が居なかった。あの幸せな日々が思い浮かんでは、消えた。
「姉さん、ごめんなさい。」
涙と共に漏れた言葉。
指輪をずっと握りしめながら、エラは涙が枯れるまで泣き続けた。
魔王フールは、人里離れた、決して人が踏み入ることが出来ないような場所に住んでいる。
普段から、外に置いてある椅子に寝っ転がり、ぼんやししているのだが、この日は、獣人に貰った絵本を読んでいた。
絵本のタイトルは、シンダーエラ。
「何だ、この下らん内容は・・・。」
そう言って、本を机の上に放り投げた。
「ちっ、誰か来やがったか。」
と言っても、こんな場所に人間が来られるはずもなく、来たのがブラッディフッドである事は、姿が見える前から判っていた。
「ようフール、暫くやっかいになるぞ。」
ぶっきらぼうにブラッディフッドが言う。
「それはどうでもいいが、その色っぽい姉ちゃんは何だ?永遠の不能者たる俺への当てつけか?」
「気にするな、私の弟子だ。」
「で、弟子?というか人間だろ、そいつ?人間を連れてくるんじゃねえよっ!」
「お前だって人間だろ?」
「とうに辞めてるわ、そんなもんっ!お前だって辞めてるだろ?」
「私は辞めたつもりはないがな。」
「呪われた奴は、呪われた瞬間に人間じゃなくなるんだよっ!俺たちは同じ呪われた者同士だ、もう人間じゃねえよ。」
「お前と一緒にするなっ!」
「とにかく、そいつを・・・、って何見てやがる?」
アナスタシアは外のテーブルの上にあった絵本を睨むように見つめていた。
「なんだ?それが欲しいのか?人間っていうのはくだらない物語を好むんだな。それやるから、とっとと何処かへ行ってくれ。」
「私にくれるので?」
「ああ。」
「じゃあ、燃やしても?」
「って、おい。どうなってんだよ、お前の弟子は?人からもらった物を燃やすとか言ってんぞ?」
「人にやったもんをどうしようが勝手だろ?」
「いやいや、人としてどうなんだよ、人として。」
「人を辞めた奴がとやかくいうことじゃねえだろ?」
「ちっ。」
フールは舌打ちして、絵本を取り上げた。
「いいか。これはな獣人たちを襲ってた野盗を成敗した時に獣人の少女がくれたものだ。少女の宝物だったんだよ。燃やすとかいうんじゃねえよ。」
「グリッセン許すまじ・・・、グリッセン許すまじ・・・。」
ぶつぶつと呟きながら黒いオーラを放つアナスタシア。
「お、おい、お前の弟子、魔王化しかけてんぞ?」
「ほっといてやれ、その本の2ページに、載ってるんだ。うちの弟子にとっちゃあ黒歴史なんだからな。」
フールは2ページ目を開いた。
そこには鼻が長く折れ曲がった意地の悪そうな3人組が描かれていた。
グシャッ。
ドーン!
フールは絵本をぐしゃぐしゃに握りつぶすと、ゴミ箱へ放り投げた。
「おいおい、獣人の少女の宝物だったんだろ?」
「今度、赤ずきんちゃんでも買って渡すさ。」
「私を怒らせたいのか?」
「くっ・・・。白雪姫はなあ、ドワーフ達からは買えねえんだよ。あいつら仕入れないから・・・。」
「私が今度、買ってきてやる。」
フールは、人とは交流しない為、購入品はドワーフの商人がメインだった。あとはたまに獣人たちの街へ繰り出すくらいだ。
「おい、嬢ちゃん。こんなもの気にすんな。人ってのは他人の事を面白おかしくして、楽しむ腐れ外道だからな。いちいち気にしててもしょうがないぞ。」
「魔王フール・・・。」
「って何で俺が魔王なんだよ!」
「いや、そう聞いてたんで・・・。」
「お前か、お前が言ったのか?」
面倒くさくなったのか、外に置いてある椅子に座っているブラッディフッドに聞いた。
「知らねえよ。私がいちいち、お前の事なんか話す訳ないだろ。」
「ちっ。」
「あなたはいい魔王なんで?」
「なんだそのいい魔王ってのは?魔王にいい悪いもないだろ、ただの都合のいい役職なんだからよ。」
「都合のいい?」
「三英雄の一人、つまり最初の英雄が倒した魔王の事は知ってるか?」
「話だけなら。」
「あれは、はぐれ神を倒す為にあえて作られた役職だ。まあ最初に作られた魔王でもある。」
「作られた魔王?」
「大罪ってわかるか?」
「神を汚すな、神を傷つけるな、神を滅するな。」
「そう。だから神である限り、人は手を出せない。はぐれ神も神であるには違いないからな。」
「その為に、作られた役職?」
「そうだと聞いてるがな。なにせ大昔の事だからな。」
「魔王フール、一つ聞いても?」
「だから、俺は魔王じゃねえっ!」
「私は三英雄について、ずっと疑問に思っていたことが?」
「しゃあねえな。教えてやろうじゃないか。疑問って何だ?」
「三英雄は、最初の勇者プロメティ、伝説の歌姫アムール、そして名もなき勇者の三人だと。」
「ああ、その通りだ。」
「何故、勇者フランチェスカが名もなき英雄に?勇者なのに。」
「何だお前、弟子に教えてないのか?」
フールは、くつろいでいたブラッディフッドに聞いた。
「聞かれてないからな、それよりもだ。お茶はまだか?」
「は?」
フールは、傍若無人なブラッディフッドの要望に応えるべく家へと準備しに行った。