悪役令嬢の始まり
「あら、これは?」
アナスタシアは、武器屋の荷台にあった絵本を見つけた。品物としても、武器屋に似つかわしくないので、直ぐ目についた。
「ああ、それか?最近、人気の物語らしくてな、特に小さな女の子に人気だ。ドワーフの里に持っていってやろうと思ってな。」
「へえ、そうなんですか。」
そう言って手に取り読み始める。
「最近はずっと修行で街に出ることも少なかったからな。」
ブラッディフッドが言った。
ドサッ
アナスタシアが倒れる
…orz
こんな感じで。
「ど、どうしたアナ。」
「おい、お嬢ちゃん大丈夫か?」
「に、2ページ目・・・。」
小さな唸り声をあげた。
ドクとブラッディフッドは、絵本の2ページ目をめくった。
そこに描かれていた絵は、シンダーエラを虐める継母と二人の義姉だった。
絵は誇張されていて3人の悪役女性の鼻は異様に長く折れ曲がっていた。魔女にありがちな描き方だが。
「これがどうかしたのか?」
ドクが聞いた。
「この2番目の義理の姉が、アナだ。」
ブラッディフッドが指をさして説明した。
「き、気にするな。単なる絵本だろ?こういうのは大げさに描くものさ。大体、義理っつったって娘に灰はかぶせないよな?」
ドクは、そう言って笑った。
「残念ながらお母様は、エラに灰をかぶせました。」
「・・・・。」
「いちいち物語なんて気にするな。」
ブラッディフッドが言った。
「そ、そうだな。ワシだって物語の中じゃあ、変な歌うたってる小人だぞ?ありえねえだろ?」
「私みたいに主人公を虐めてませんよね?」
「うっ・・・。」
「こういうのは勝手に作られるものだ。いちいち気にしててもしょうがないだろ?」
「お師匠様は、主役じゃないですか?」
「そうだな、赤ずきんちゃんなんてふざけた呼び名だがな。」
ブラッディフッドは、その呼び名が大嫌いだった。
「それに私の師匠を見てみろ。勇者が単なるお婆さんだぞ?」
「それでも優しいお婆さんじゃないですか。」
「ま、まあそうだが・・・。」
とりあえず落ち込んでる弟子は置いといて、絵本をさらっと読んでみた。
「なんだ、この話は?どこが受けてるんだ?」
あまりのくだらない話に、ブラッディフッドは声をあげた。
「そりゃあアレだろ?平民の女の子が、王子様に見初められてっていう、ありえない話がいいんじゃねえのか?」
「くだらんっ、現実とは全く違うじゃねえか。」
「エラは平民ではないです・・・。」
ボソッとアナスタシアが言った。
「そりゃあ、まあ物語だからな。」
「武闘会が舞踏会になってるし、めちゃくちゃだな。」
「だってよく考えてみろ。シンダーエラは貴族の娘で冒険者になるために日夜鍛えてましたなんて、話だったら誰が共感するんだよ。」
「ま、まあそうだな・・・。」
「いつか、王子様が迎えに来てくれる。そういうのを今じゃあシンダーエラストーリーと言うらしいぞ。」
「馬鹿けてるな。」
「そ、それだっ!」
突如、アナスタシアが立ち上がった。
「いつか私にも王子様がっ!」
「おい、アナ。いい加減、現実に戻ってこい。」
「現実?」
「いいか、この世界に国はいくつある?」
「2つです。」
「そうだな。じゃあ王子さまは何人いる?」
「えーっと・・・。」
「マルガリータの所に息子がいるぞ。」
ドクが言った。
「ほらっ!一人いますわっ!王子様がっ!」
「お前さあ、マルガリータの所で侍女をやってたんだろ?会ったことないのか?」
「えーっと。」
記憶を辿るアナスタシア。
侍女時代、アナスタシアが廊下を雑巾がけしてると。
「このブスっ、さっさと掃除しろ。」
と小さい男の子がおしりを蹴飛ばしたり。
アナスタシアが窓を拭いている。
「さっさと拭けよ。」
バシンっとおしりを叩いたり。
思い出される屈辱の日々。
「あんのぉ、クソガキ~!」
アナスタシアをドス黒いオーラが包む。
「迎えに来て欲しいのか?王子様に?」
「木っ端微塵にしてやります!」
「現実なんてそんなもんだ。」
「そうですね。ありがとうございます、お師匠様。目が覚めました。」
「いいかアナ。このシンダーエラの物語に出てくる意地悪な姉は、もう死んだんだ。これからはお前の物語を作っていけばいい。」
「わ、私の?」
「ああ。」
「私が主役の物語?ふ、ふ、ふふふふ・・・!」
扇を広げ笑うアナスタシア。
「おい、完全に悪役にしか見えねえぞ?」
ドクは、小さい声でブラッディフッドに耳打ちした。
「い、いいんだよ。本人がその気になれば。」
「ドク、一つ頼みがあるんだが?」
「金は貸さねえぞ?」
「いらんわっ!ちょっとアナと立ち会ってくれ。」
「は?」
「確かめたいことがあってな。」
「まあいいけどよ。お嬢ちゃん、いっちょやるか?」
「構いませんが?えっと、ナイフは・・・。」
「おいおい、武器なら手に持ってんだろ?」
「扇ですよ、これ?」
「武器だっつってんだろ!最初から!」
「は、はあ。傷つきませんよね?これ?」
「なめてんのかワシを!このドク渾身の作だぞ。傷なんてつかんわっ!」
「ずっと売れ残ってたがな。」
ブラッディフッドが突っ込んだ。
「ぐっ・・・。」
「いつでも構いませんわ、どうぞ。」
上から目線で合図するアナスタシア。
「何かワシが相手してもらってる感がないか?」
「気にするな。少しもんでやってくれ。」
ブラッディフッドが、頼んだ。
「まあ、武器には傷一つ、つかんだろうが、お前の弟子には多少の擦り傷はつくぞ?」
「構わん。」
「ドワーフ使いの荒い奴だ。」
ドクはため息一つついて、アナスタシアと対峙した。
「お嬢ちゃん、少し痛い目をみるかもだが、ブラッディフッドに弟子入りしたせいだと諦めてくれ。」
「ふふ、私に攻撃が当たりますでしょうか?」
ドクは斧を持って、アナスタシアに突進した。
斧を振るう気はない。
体当たりという奴だ。
イノシシの如く突進してくるドワーフを、アナスタシアは軽くいなす。
「ありゃ?」
クビをかしげるドク。
「ドワーフの人、大丈夫ですか?」
上から目線で聞くアナスタシア。
「お嬢ちゃん、ワシにはドクっていう名前があるんだがな?」
「私にだって、アナスタシアと言う名前がありますわ。」
「口だけは達者だな。」
「お互いさまでは?」
小生意気な小娘だ、今のは加減しすぎたか。
今度は、ほぼ全力の力を持って、突進した。
華麗に躱すアナスタシア。
「おやおや、そんな直線的な動きでは、私に触れる事すら出来ませんよ?オホホ。」
扇を開き、口を隠して笑う。
買ったばかりというのに、完全に扇を自分の物としていた。
どっからどう見ても悪役にしか見えないが。
【どうなってやがる・・・。】
ほぼ全力で突っ込んだつもりが、思った程、スピードが出ず、ドクは戸惑っていたが。
「やむえん、斧で攻撃するからな、ちゃんと受けろよ。」
「ちょ、まっ・・・。」
慌てて扇を閉じて、振り下ろされた斧を防ぐ。
「ほう、やっぱり鍛えられてるんだな。」
「ちょっ、扇が、扇がっ!」
「心配すんなっつってんだろ。ワシの最高傑作だぞ。」
「その斧じゃなくて?」
「ま、まあな・・・。」
斧を押しのけて、扇を確認する。
何処にも傷がついておらず、アナスタシアは安心した。
「ブラッディフッド、ワシの動きはどうだった?」
「遅かったな。」
「確認したいことってのは、これか?」
「ああ。何分、私は弟子をもったことがなくてな、知らず知らずのうちに手加減しているのかと思っていたが。」
「こりゃあ、このお嬢ちゃんの能力だな。」
「やはりか。」
「一度ノームに見てもらったらどうだ?」
「そうだな。少し距離は遠いが、そうしてみるか。ついでに火ネズミでも狩って、金も稼いどかないとな。」
「いっとくが、ワシは買い取らんぞ?武器屋だからな。」
「わかってる。」
「ちょっとドワーフの人。」
「ドクだって言ってんだろ。」
「じゃあ、ドク。」
「なんで呼び捨てなんだっ!」
「色々と煩い人ですね。この扇ってどの程度の威力があります?」
「まあ、思いっきり頭を殴れば、人くらい殺せるな。」
「なるほどねえ。」
「お嬢ちゃん、殺したい奴でもいるのか?」
「そうですね。とりあえずはシンダーエラを書いた絵本作家とか?」
「グリッセンを?辞めとけ辞めとけ。言っとくけどヴィルドンゲン国に住んでるからな。」
「くっ。」
「そうだぞ、アナ。ヴィルドンゲン国には近づかない方がいい。」
「そ、そうですね・・・。ちなみにどんな野郎なんですか?」
「どんな野郎っつってもなあ。そんなに特色は・・・。ああ、そうだ【赤ずきんちゃん】を描いた絵本作家の子孫だったかな。」
「よし、アナ。殺りに行くか?」
「はい、お師匠様。」
「ちょ、待て、お前ら。」
ドクが必死になって止めたので、血の惨劇が起こることは無かった。
ドクは、二人と別れる時ぎりぎりまで、くれぐれも殺りに行かないように忠告した。