炎の魔術師
フレイが居る時間にわざわざ、姿を現すリスキー。
この日は堂々と頼んだ。
「ピッツア・フレイを頼む。」
と・・・。
「物好きなのか、人がいいのか、わざわざ、こんな時間に来なくてもいいでしょうに。レオースに養ってもらってるんだから、時間なんていくらでもあるでしょ?」
アナスタシアがリスキーにツッコんだ。
「人聞きの悪い事を言うな。そもそも、レオースに剣を教えてくれってのは、お前が頼んだ事だろ。」
「そ、そうね・・・。」
「それに今日は、フレイに用があってきたんだ。」
「何、告白?私は、どっか行ってようか?」
「やめてよ、アナスタシア。全然好みじゃないわ。」
告白もしていないのに振られる、哀れなリスキー。
「違うっ!それにフレイ、お前は人ではないんだろ?」
「そうね、でも男を魅了する美貌は持ってるわ。」
「ああ、それはよかったな・・・。」
リスキーは呆れながら言った。
「それでだ、今後の事なんだが、そろそろレオースの修行も終わる。その後は火の神殿に向かう訳だが、俺が必要か?」
「用でもあるの?」
「いや、特にない。ただなレオースのこれからの為には俺は居ない方がいい。」
「そう。構わないわ。」
「狙われているとか、そういうのは無いんだな?」
「ええ、安心していいわ。」
「別に私が居るんだから、心配無用よ。」
アナスタシアが言った。
「アナスタシアも居ない方がいいんだがな。」
「はあ?」
「お前が居ると自分が強くなったと勘違いするだろう?それに敵の動きも変わるからな。熟練の冒険者ならいざ知らず、底辺の冒険者なら勘違いしたり、戸惑ったりするだろう。」
「レオースは大丈夫でしょ?」
「まあ、そうだな。」
リスキーは運ばれてきたピッツア・フレイを旨そうに食った。ちなみに2日前もフレイを食べているのだが。
レオースは目下、前回りの特訓中だった。前方飛込前回り、剣を抜いたままの状態で行うので、難易度は高い。
「スカートは気にならないようだな。」
「はい、慣れました。」
最近になってようやく、衣服を流れにのせろという意味が体で理解できるようになった。
「これが出来る様になれば、ぐっと幅が広がるはずだ。というか、これが片手剣の持ち味とも言えるがな。」
「はい。」
剣を抜いたまま前回りをするのは、棒とかを持って挑戦したことはあったが、コツもわからず、危険なので、ずっと先延ばししていた。
「俺は火の神殿には行かない事にした。」
「そ、そうですか。」
元より、ここで1ヵ月教えてもらう約束だったのだが、子犬が寂しがるような哀愁を漂わせる。中性的な顔立ちで現在は女装中、思わず胸キュンしそうになるシチュエーションだ。
「そ、そんな顔をするな。俺が居たのでは、お前の成長の妨げになるからな。火の神殿まではお前が体をはって前衛を務めろ。」
「わかりました。」
素直で、まじめな教え子だったとリスキーは感慨深く思った。
ああ、女の子だったならなあ・・・。
その日の夕食、いつもの如く。
「もう直ぐ、レオースの修行も終わる。俺はここでお別れになるが、寂しくなるな。」
「別に。」
アナスタシアが。
「全然。」
フレアが。
「師匠、僕は寂しいです。」
くっ、可愛いやつめ。
他二人が、冷たい人間(?)の為、レオースの優しさが際立った。
「火の神殿は、俺たち人間にとっては馴染み深い場所だ。まあレオースは入れないだろうが、冒険者として入り口まで行っておくのは、いい経験になるだろう。」
この世界には、精霊が祭られている神殿が存在する。
中でも火の神殿は、火の民、人間にとって最も馴染み深い神殿と言える。
地の民、ドワーフ、獣人。風の民、エルフ。この世界ではこのように言われていた。
「僕は入れないのですか?」
「ああ、火の神殿に人間が入るには試練を受けなければならない。B級でも上位の者しか入れないだろうな。」
「多分、大丈夫よ。」
アナスタシアが言った。
「なんだ、アナスタシアは火の神殿に行った事があるのか?」
「ないわ。」
「無いなら、わからないだろうが、火の神殿は神官たちに厳重に守られている。人間はおいそれとは入れない場所だ。」
「行った事あるみたいな口ぶりね。」
「それはそうだろ?人間は火の民であるし、火の精霊は人間の導き手とも言われているからな。上級の冒険者になれば、誰でも訪れる場所だ。まあ肝心の精霊は居ないがな。」
精霊は勝手気ままに存在している為、風の精霊以外は神殿に居ない。酒好きで一人を好む地の精霊も、洞くつに一人籠っているのが現状だ。
「精霊は居ないのですか?」
レオースが聞いた。
「火の精霊は、英雄の素質を持った子供が、随分前に生まれたといって、加護を与えるために、神殿には不在だ。未だその英雄の名は鳴り響いてこないがな。」
「英雄ですか・・・。」
「あくまで、素質だ。精霊の加護を受けたからと言っても、英雄になれるわけではないしな。」
「そうなんですか?」
「かの三英雄も精霊の加護は受けてないわ。」
フレイが答えた。
「英雄の素質を持った者と火の精霊、一体何をしているんだか・・・。」
そう言って、リスキーはアナスタシアとフレイの二人の姿を不意に視界に入った。
「ちょ、ちょっと待て・・・。フレイ、お前は人ではないんだよな?」
「そうよ。」
「そう言うことかっ!アナスタシア、お前が加護を受けた者だったんだな!」
リスキーは、まるで犯人を突き止めた探偵の如く、閃いた。
「「ちがうわっ。」」
アナスタシアとフレイのシンクロ否定で、閃きは瞬時に葬り去られた。
「・・・。フレイは火の精霊フレイじゃないのか?」
「私が火の精霊フレイよ。」
「リスキー、私とあなたは、一緒にフレイと出会ったでしょ?」
アナスタシアに言われて、思い出した。
「そう言えばそうだったな・・・。」
アナスタシアが加護を受けているなら、フレイはずっと傍にいるはずだった。
「加護を受けていたのは私の妹よ。」
アナスタシアの言葉で、リスキーは理解できた。
「そうか、加護を失ったか。」
「残念だけど。」
フレイが言った。
「まあ、そんなものだよな。」
この世界には、不名誉な伝説がある。
精霊の加護を受けた者は大成しないという伝説が。
「妹さんは元気なのか?」
リスキーがアナスタシアに聞いた。
「ええ、結婚して幸せそうよ。」
「そういうものだよな。英雄になるわけでもなく、物語になるわけでもなく。まあ幸せなら何よりだ。」
「私が加護を授けていた人間よ?物語にならない訳ないでしょ?」
フレイが言った。
何の物語か気になったリスキーだったが、アナスタシアが睨んでいたので、それ以上は何も聞かなかった。
「おじさん。」
アナスタシアが酒場のオヤジに声を掛けた。
「な、なんだ?なんかまずったか?」
「私が声を掛けるたびに怯えるのはやめて・・・。」
「料理の事じゃあないのか?」
「違うわよ。」
「なんだ、そうか。」
酒場のオヤジはホッとした。
「この町って、最近、景気がいいようだけど?」
「お陰様で、ウハウハよ。これもアナスタシア先生様様だな。」
「他の町の人たちの出入りが増えたんでしょ?」
「ああ、そうだ。」
「あまり、目立つと狙われるわよ?」
国無き地では、法というか国自体が無い為、無法者が、ゴキブリのように存在している。まあ、こういう屑は法治国家であっても絶滅することはないのだが。
「何だ心配してくれるのか?」
「私たちは、もう少しで町から出ていくのよ。リスキーだって、ここに長居はしないんでしょ?」
「ああ、そうだな。」
リスキーが答えた。
「俺が元冒険者だってのは、前に言ったよな?」
「ええ、聞いてるわ。」
「俺と同じ様に、元冒険者はこの町に多く居てな。その辺の野盗くらい、訳ないさ。」
「アナスタシア、ピザ屋は魔術師よ。」
フレイが言った。
「は?」
「知らなかったの?ピザ窯には、魔法で火入れしてるのよ。」
「え?」
「なんだ、知ってて、ピザ屋を進めたんじゃなかったのか?」
呆れたように酒場のオヤジが言った。
「知るわけないでしょ!今まで存在すら知らなかったんだから。」
「そうですね。僕らは1回行ったきり、次は行こうとしませんでしたし、アナさんにはスパ屋の話は、してませんでした。」
レオースがボソッと言った。
「やけに、ピザ窯の温度を上げるのが速いと思ってたら・・・。」
通常、2時間くらいかかるのを、ピザ屋はものの5分足らずで、完了していた。
「まあ、炎の魔術師って言って、多少は名が知れていたみたいだしな。」
酒場のオヤジが説明した。
「何でスパ屋をやってたのよ・・・。」
「さ、さあな・・・。」




