Horror
草木も眠る深夜。
音という音は、暗闇に吸い込まれるように消滅していた。
まだ肌寒いだろうか?
そんな夜更けに、レオースはふと目覚めてしまった。
いつもは、眠りについて、ふいに目覚める事は殆どないというのに。
この日は、何やら、不快な感じがしていた。
まるで生温い風が肌に当たるような感じが。
こういった時は、何も考えず、再び目をつぶって、眠るのが一番いいのだが・・・。
「レオー・・、レオー・・・・。」
遠くから名前を呼ばれている気がした。
目を開けてはいけないと判っていても。
それを抗える人間がいるだろうか?
人は、時に無謀を勇気と呼んでしまう事があるが、レオースも勘違いしてしまった。
後悔と言うのは、するだけ無駄。
あの時、目をつぶってやり過ごしていたら。
そんなものは、もう遅い。
レオースは、目を開けてしまった。
飛び込んできたその光景に、レオースは、目を疑うくらいに恐怖した。
体中の血の気が引いていくのを実感した。
こんな怖い思いをしたのは、生まれて初めてだろう。
この家を借りて以来、恐怖体験は皆無だった。
決して見ては、いけないものをレオースは見てしまった。
もう知らなかった、あの時には戻ることは出来ない・・・。
「レオーヌちゃん、レオーヌちゃん、好き好き~。」
丸めた布団に両手両足で抱き着き、寝ぼけたままキスをしているリスキー。
こんな恐怖があっていいのだろうか?
考えてみて欲しい、もし隣に寝ている男性が、自分の名を呼びながら、いかがわしい夢を見ているとしたら。
この世にこんな恐怖はない。
レオースは布団に包まり、恐怖に耐えながら眠った。
そんな夜、チーズの町では代表者を交えた対策会議が行われていた。
「なんだと!アナスタシア先生が町の名の由来を?」
「ああ、俺はこの町の出身じゃないからな。」
「しかし、何でまた・・・。」
「困ったことになったな。」
「私は知らないよ。」
擦り付け合う町民たち。
そこには決して踏み入れてはならない由来が・・・。
「なんだ、知られたら不味い事なのか?」
酒場のオヤジが聞いた。
元冒険者で、この町の出身でないオヤジは、由来を知らなかった。
「だから、私は知らないよって言ってるんだ。」
一番、年配の女性が言った。
「え?」
「誰か知ってるかね?」
「いや、ヨネさんが知らなかったら、誰も知らないんじゃないか?」
「そうだよな・・・。」
「全員、知らないのか?」
「そうみたいだな。」
「・・・。」
だったら、意味深に言うんじゃねえよっと酒場のオヤジは心の中で突っ込んだ。
「しかし、アナスタシア先生が知りたいとおっしゃるんだ、なんとか調べてみようじゃないか。」
薬膳スープに肉パンと町おこしの火付け役となったアナスタシアは、本人の知らない所では先生と呼ばれていた。
「ヨネさんの所に、古い文献があったろ?」
「私は、もう小さい字は読めないからねえ。」
「じゃあ、俺が取りに行こう。」
結局、酒場のオヤジが文献を取りに行って読むことになった。
朝食を取り終えたアナスタシアは、自分たちの部屋の掃除を始めた。
「何をしているの?」
フレイが聞いた。
「見たらわかるでしょ?掃除よ。暫く誰も使ってなかったから埃がたまってるでしょ?」
昨日は、直ぐに就寝したため、簡単な掃除しかしていない。
「そ、掃除が出来るの?」
「何言ってるの?掃除くらいできるでしょ?」
「あなた貴族でしょ?」
「だから?」
「貴族は掃除なんてしないわ。」
「スノークイーンの所で、侍女をやらされていたのよ?掃除くらい出来るわ。」
侍女の間、やっていた事の殆どが掃除だった。
テキパキと掃除をするアナスタシアを見て、フレイは茫然となった。
「まあ、これ位でいいか。」
小奇麗になって、さっぱりとした気分になった。
「そう言えば、リスキーは?」
「何処かへ出かけたみたいよ。」
「そう。」
「今日はどうするの?」
「今日はゆっくりするわ。多分明日からは、ランチの手伝いに行くようになると思うけど・・・。」
「掃除も出来て、料理も完璧。あなたいいお嫁さんになるわ。」
「誰のよ?人のお嫁さんになれるの?私は?」
「それは無理な話ね。人で居たかった?」
「ふっ、今の私には嫁とかなんてどうでもいいのよ!4英雄になって、物語になってやる。ふふふ・・・。」
不気味に笑うアナスタシア。
「町でも散策してみる?案内するわよ。」
「お願いしようかしら。」
「明日からは、一人で時間を潰してちょうだい。」
「わかったわ。」
そうして二人は町をぶらついた。
そんなに巨大な町ではないし、見所も多いわけではない、ざっと説明したらすぐ終わるような町だ。
ランチには少し早いが、二人は酒場を訪れた。
「いい所に来たな、アナスタシア。」
「何よ?ジャイアントラットでも出たの?」
「違げえよっ!由来がわかったぞ!」
「町の?」
「ああ。聞いて驚け!」
「特産品がチーズだったとか、しょうもない由来なら、聞きたくもないんだけど。」
「・・・。」
「どうやら、そうみたいよ?」
フレイが言った。
「本当にそうなの?」
「あ、ああ・・・。」
「しょうもなっ!」
「しょうもなっ、言うなっ!俺がどれだけ苦労した事か!いいか年寄りの朝は早いんだ。朝も早々に起きてヨネさんの蔵から書物を探し出してだなあ・・・。」
「ヨネさんって誰よ・・・。」
「この町の最高齢の人だよっ!ようやく見つけて、さっきようやく読み終わったところだ!」
「ランチの仕込み大丈夫なの?」
「馬鹿野郎、ランチの仕込みを俺が疎かにするわけないだろっ!もう潰れかけるのはコリゴリだっ!」
「やっぱ潰れかけてたのね。」
「やっぱ言うなっ!」
「まあいいわ、少し早いけどランチにしましょう。」
そうして、ランチを2つ頼んだ。
「それにしてもチーズが特産品だった割には、畜産はそんなに多くないわね。」
ランチを取りながら、アナスタシアが言った。
「そりゃあ大昔の話だからなあ。」
「でも、何でチーズ?家畜が育ちやすい地域なわけではないでしょ?」
「まあな。この辺にあるのは薬草系ばかりだしなあ。」
「ちなみにチーズ作りに必要なものは何?」
「まあ乳は大前提として、凝乳酵素が必要だな。」
「レンネットね。畜産が盛んな所じゃないと手に入りにくいでしょ?」
「まあな、家畜の胃から採る物だからなあ。」
「ということは、大昔は畜産が栄えてたって事かしら?」
「そうじゃないかなあ?古い文献があるけど、読んでみるか?」
「ええ、借りておくわ。」
アナスタシアは、分厚い文献を借りて帰った。
帰りにパンを買いにランチの店に顔を出した。通常は朝に売り切れているパンだが、予約していたので、難なく購入できた。
「女将さん、少し文献を調べてみたいので、手伝いは暫く待ってもらっていい?」
「ああ、構わないよ。頑張っておくれ。」
何故か応援された。
その後、街中を散策した後、レオースたちが修行する場の丸太の上で休憩した。ここはちょうど木陰になっていて休憩するのに最適だった。
「ねえ、レンネットって何なの?」
フレイが聞いた。
「早い話がチーズを作る為に必要な物よ。動物の胃の中に存在するの。だからね、殺さないと取り出せないのよ。」
「生きたままじゃ駄目なの?」
「ええ、しかも哺乳期間じゃないと抽出できないのよ。」
「特に何とも思ってなかったけどチーズって残酷な物なのね。」
「そうね。そう言われれば、そうだわ。フレイは食べた事はあるの?」
「ないわ。食べ物を食べるようになったのは最近だし。」
「そういえば、そうね。」
「あなた達の家で見たことはあったけどね。」
「当時は、何とも思ってなかったんだけど。」
アナスタシアは、喋りながらも文献を読んでいた。
チーズを作るには、家畜を屠殺して胃を取り出し消化液を集める必要がある。ということは、大規模な畜産をやっていないと不可能。そういった大規模な畜産をやっていたなら記述があっても不思議はないはずだが。ざっと目を通しても、そのような記述は存在しなかった。
「駄目ね、これだけじゃあ、わからないわ。」
「一つ聞いていい?」
「何?」
「アナスタシアは今、何をしているの?」
「歴史の探求よ。冒険者なら当然でしょ?」
「そう言われれば・・・そうね。」
アナスタシアは一旦、酒場に戻り、ヨネさんの家を教えて貰った。




