悪役令嬢の定番、定石、婚約破棄!
「二人とも怪我がないように。」
王全試合は、王とその側近のみが観客となり、執り行われることになった。
王妃エラは、武闘着を纏い、準備万端で軽く準備運動をしていた。
「国王陛下、私が勝ったら、禿との結婚は無しでいいですか?」
アナスタシアが国王に聞いた。
「うむ、ハゲール子爵には私から婚約破棄を伝えよう。」
「えっ・・・、もう婚約済みで?」
「ん?アナスタシアは知らなかったのか?」
「はい、伝えておりませんので。」
平然と答える王妃エラ。
「ちょっと、エラ。酷いじゃない。勝手に禿と婚約だなんて!」
「何度も言っているでしょ?禿げてないわ薄いだけよ。」
「薄かろうが、無かろうが、禿には変わりないでしょっ!」
「それに、どうせ私が勝つのだし、婚約していても問題は無いでしょ?2日後には、婚礼の儀だしね。」
「は?初耳よっ!」
「そりゃあ、そうでしょ。言ってないもの。」
「人の結婚を何だと思ってるのよ!」
「何度も言ってるでしょ?いい加減に貴族の娘らしく観念しなさい。」
「ぐぬぬぬ・・・、いいわ、あなたが井の中の蛙っていうのを思い知らせてあげるわ。」
「そりゃあ、どうも。」
口撃による鬩ぎあいが思った以上に白熱していたので、ブラッディフッドは心配になって、アナスタシアに声を掛けた。
「おい、アナ。判ってると思うが、ちゃんと手加減しろよ。」
「当然ですよ、お師匠様。こんなでも、可愛い妹ですから。」
完全なる上から目線に、王妃エラのこめかみの血管が、もう少しで浮かび上がるところだった。
王妃エラは、結婚してからもずっと鍛錬を欠かしたことがない。
名目上、健康の為と言ってはいるが、冒険者になる未練が完全に断ち切れているわけではない。
王国武闘会の覇者であり、王国一の武闘家を、今でもなお自負している。
今だって別に手加減をしているわけでもないし、調子が悪いわけでもない。
しかし、エラの攻撃がアナスタシアに当たることは無かった。
最初は手加減をしていたものの。
私のスピードはこんなものだったの?
と違和感から、どんどん力が入っていった。
アナスタシアはというと、焦ること無く、華麗に攻撃をかわしていた。まるで踊るように。
王妃エラは、次第に焦りが生まれて、攻撃がどんどん大雑把になっていった。
いわゆる大振りというやつだ。
おかしい、私の攻撃はこんなものじゃない。
何らかの自分の異変に焦りだけが募る。
大振りの連続攻撃には、隙が生まれる。その隙を逃すことなく、アナスタシアは一気に間合いを詰めた。
急に詰め寄られ、ビックリした王妃エラは、体勢を崩しながらバックステップをした。
そこへ、アナスタシアの右手が伸びる。
そっと、額を右手で押すと。
王妃エラは、尻もちをついて、倒れてしまった。
すかさず、扇を開き口元にあてる。
「フフフ・・・私を誰だと思っていますの?かのブラッディフッドの弟子とは私の事ですわ。」
高らかに宣言をする。
「大丈夫か、エラ。」
王妃を心配し、王が倒れたエラに寄りそう。
「倒れただけですので、問題はありません。」
「陛下、禿との婚約破棄、お願いしますわ。」
アナスタシアが念を押すように言った。
「わかった。」
妹に勝った喜びから小躍りしているアナスタシアをほっておいて、ブラッディフッドはエラに言った。
「あんなんでも、一応一人で生きていける様には鍛えてあるからな。」
「ブラッディフッドの弟子ですものね。私が侮りすぎていました。」
「では、悪いが、弟子は連れて帰るがいいか?」
「ええ、仕方ありません。」
「アナ、私は少しエラと話があるから、少し待ってろ。」
「は?」
「何だ?」
「いえ、お師匠様。私を待っている冒険者が居るんですよ。」
「カイン達なら、死んでるぞ。」
「いえ、そのカイン達にスカウトされた時に、一緒にいた冒険者たちです。」
「は?お前は、他の冒険者パーティーに居たのに、乗り換えたのか?」
「まあ、そうなりますね・・・。」
「そんな事をして、待っていてくれているのか?」
「御心配には及びません、何せ底辺の冒険者パーティーですので、町から動くことはありません。」
「あのなあ、もっとマシな冒険者をそのうち私が紹介してやるから。」
「いえ、お師匠様の手を煩わせるような事は。」
「また、よからぬ上級者にスカウトされたら、どうするんだ?」
「うっ・・・。」
私は人を見る目がありますからとは、とても言えなかった。
「まあいい、その冒険者たちが待ってなかったら、直ぐ帰って来いよ?」
「わ、わかりました。」
「こう言っちゃあなんだが、お前に人を見る目が無い事が判明したからな。上のランクの人間だからって、簡単にホイホイついていくんじゃないぞ。」
「ぐっ・・・、わ、わかってますよ・・・。」
「じゃあ、気を付けてな。あと妹にはちゃんと挨拶していけ。」
師匠にそう言われ、渋々、王妃エラの前に。
「もう二度と会うこと無いないけど、お元気で。」
「そうね。」
ふんっと言った後、華麗に半回転して、優雅にその場を後に・・・。
ガシっ。
ブラッディフッドに服を掴まれた。
「ちょっと、お師匠様。華麗に去ろうとしたのに何してるんですか?」
「私は、そんな薄情な弟子に育てた覚えはないっ!」
「くっ・・・。」
仕方なく、また王妃エラの前にとぼとぼと歩いていく。
「あなたが、もし困るような事があったら、いつでも私をよびなさい。」
「残念だけど、そういう事は無いから。」
「あっそ。」
そう言って、ようやくその場を後にした。
「姉妹なんだから、もっと仲良く出来ないのか?」
ブラッディフッドが、王妃エラに言った。
「私の姉は、遺品が届けられた時に死んだと思う事にしました。今後は心を煩わせることもないでしょう。」
「アナスタシアも素直じゃないけど、エラも変わらないな。」
「私は、王妃ですから、いつまでも我儘な姉を気に留める暇もありません。」
「そうか。」
そうこうしていると、何故かアナスタシアが小走りで戻ってきた。
「なんだアナ、やっぱり私と一緒に帰るか?」
「ち、違います。忘れものです。」
エラの前に立ち、胸から下げていた紐を外して、王妃エラに差し出した。
「私が初めて依頼で得た報酬で買った物よ。そんなに高い物じゃないけど。あなたには結婚祝いも渡してなかったから。」
紐には、指輪がぶら下がっていた。
アナスタシアは、ロビン達との依頼で得た報酬の殆どをこの指輪にあててしまい、ひもじい思いをしてレダ達に会うことになってしまったのだ。
「んっ!」
一向に受け取る様子がないエラに向けて強く突き出した。
「こ、これを私に・・・、姉さんの初めての報酬・・・。」
左手の手のひらで、指輪を受け取った。
「じゃあねっ!」
余ほど、恥ずかしかったのか、今度は逃げるように走り去っていった。
王妃エラは、右手で優しく指輪を覆い、まるでかけがえのない宝物を手に入れたかのように喜んだ。
「なんだかんだ言っても妹思いなんだな、あいつは。」
ブラッディフッドが呆れたように言った。
「私の自慢の姉ですから。」
王妃エラは、微笑みながら言った。




