灰かぶり姫
エラの母親は幼いころに亡くなり、父一人、娘一人で暮らしてきた。
一応貴族ではあるが、上流階級とは程遠い名だけの貴族だった。
娘一人を不憫に思った父親は、ある日、再婚することにした。
相手は、小貴族の元奥方で、娘が二人居た。
妹の方、アナスタシアは、母親の再婚話に喜んだ。
ついに私にも妹が出来るんだと。
貴族と言っても、暮らしはそんなに豊かというわけではなかったが、アナスタシアは幸せだった。
妹とよく将来の話なんかもした。
「本当にエラは、将来、冒険者になるの?」
「ええ、今までは一人っ子だったから諦めてたけど。」
「トレイメン家はどうするのよ?」
「姉さんたちに任すわ。」
「でも、エラ、聞いた話だと冒険者は危険なのよ?」
「前に言ったでしょ?私の母は冒険者だって。」
エラの母親は、冒険者であり、父親と出会い冒険者をやめ、トレイメン家に嫁いだ変わり種だった。
「エラも私たちと一緒に、どこかの貴族に嫁いで幸せになって欲しいんだけど。たまにゆっくり、お茶なんかしったりして。」
「そんな人生、まっぴらよ。」
エラとアナスタシアは、何でも言い合える仲が良い姉妹と言えた。
長女と母親は、エラに対しては、当たり障りのない対応をとっていた。
それでもエラとアナスタシアは幸せな時を過ごしていたのだが、幸せは長くは続かなかった。
トレイメン家の当主、つまり、エラの父親が、流行り病で亡くなったからだ。
トレイメン家の当主がなくなると、トレイメン夫人は、本性を現した。
自分の子でないエラに辛く当たりだしたのだ。
母親と長女に、使用人のように扱われるエラ。
当初、アナスタシアはエラを庇っていた。
しかし、そんなアナスタシアを母親と姉は強く叱責した。幼いころから、母親と姉に逆らえないアナスタシアは、次第にエラと距離を置くようになった。
そんなある日、お城で武闘会が開かれる知らせがトレイメン家に伝えられた。
二日間に渡って、夜、行われる武闘会。
「なんて物騒なの。」
とトレイメン夫人は、観客として参加することもしなかった。
当時、使用人のごとき扱いを受けていたエラには精霊の加護があった。
精霊は、アナスタシアを説得した。
「いいでしょ、エラの参加手続きをするくらい?」
「そんな、お母様やお姉さまにバレたら、私が怒られるのよ?」
「バレなきゃいいじゃない。」
「・・・。」
精霊の説得に負け、アナスタシアは母親と姉にバレないようにエラの出場手続きをした。
エラは、精霊が用意した仮面を被り武闘会へ出席するとあれよ、あれよと、優勝した。
エラの目的は、優勝賞金。
それを手に入れ、サンドリヨン王国を出て、冒険者になろうと決めていた。
「まさか女性が優勝するとはな。」
若き王は、玉座からエラにそう言った。
「仮面を外し、顔を見せて貰えるか?」
「それはご勘弁を。」
「まあ、無理は言うまい。」
エラは、優勝賞金を手に入れ、家に帰ることなく旅立った。城を出る前に、仮面を投げ捨てて。
若き王は、直ぐにエラを探し出そうと躍起になった。
トレイメン家にも話が伝わると長女が、自らが優勝者だと名乗り出たが、直ぐにバレて牢に入れられてしまった。
しかも、そのせいで、トレイメン夫人がトレイメン家の資産を湯水の如く使い込んでいたことが発覚、母親とアナスタシアも牢に入れられることになった。
「陛下、おそらく、トレイメン家の正統後継者のエラが武闘会の優勝者と思われます。」
年老いた配下が王に告げた。
「なぜ、そう思う?」
「彼女の実の母親は、それなりに有名な冒険者だったので。」
「なるほどな。もう国を出た頃か?」
「まだ国内だと思われますが、時間の問題でしょう。」
「よし、トレイメン家の者たちを処刑する旨を広めよ。」
「陛下、残念ながら、それを聞いたとしてもエラは戻ってこないでしょう。彼女は父親が死んでから、ずっと虐げられていたそうですし。」
「それなら、それでよい。余の見込み違いだったという事だ。」
「見込みですか・・・。」
「何だ?言いたいことがあるのか?」
「単なる一目ぼれでしょうに。」
「まあ、そうとも言うな。」
そう言って、若き王は笑った。
エラは、王国の関所を出る時に、トレイメン家の処刑の話を聞いた。
「全員が処刑なのですか?」
衛兵に聞いた。
「そう聞いているがな。」
「全員とは、誰を指すのでしょうか?」
「母親と娘二人と聞いている。」
「・・・。」
エラは、王国を出るのを辞めた。
「どうしたの?冒険者になるんでしょ?」
精霊がエラに言った。
「アナ姉さんまで、処刑だなんて・・・。」
「しょうがないでしょ?彼女だって、あなたが虐げられていた時に、見ていただけでしょうに。」
「姉さんは、あの人たちに逆らえないもの。それに姉さんが武闘会の出場手続きをしてくれたのよ?」
「それは違うわ。私が説得したからよ。」
「そうだけど・・・。」
「いい、エラ。私の加護が受けられるのは冒険者になるからのよ?王城になんて向かったら、私の加護は無くなるわ。」
「そうね・・・。」
それから、悩みに悩んだエラは、王城に向かうことに決めた。
精霊の加護を失ったエラは一人きりだった。
「ほらみろ、爺。エラは心優しい人物であったろうが。それに素顔も美しい。」
若き王は、年老いた配下に小さな声で耳打ちした。
年老いた配下は、ただ呆れた。
「陛下にお願いがあってまいりました。」
「何だ?申してみよ。」
「私の姉の一人、アナスタシアには罪がありません。どうか、処刑はご再考を。」
「無理だな。」
「どうしてでもですか?」
「どうしても救いたいのか?」
「私は、冒険者の端くれですから、何か私に出来ることがあれば、何でも言ってください。」
「それでアナスタシア、次女の方だったか、それを救えと?」
「はい。ずうずうしい申し出とは思いますが。」
「そなたに出来ることであれば何でもいいのだな?」
「はい、ドラゴンを倒せと言うならば、仲間を揃え退治して見せます。」
「いや、それには及ばん。そなた一人で出来る事を頼みたい。」
「私一人で、可能なことであれば、何なりと。」
「わかった。アナスタシアを解放しよう。但し、トレイメン夫人と長女の方は、無理だ。彼女たちには罪がある。」
「承知しました。それで、私が出来ることは何でしょう?」
「簡単なことだ。余の妃になれ。」
「・・・。」
エラに断ることは、もはや出来なかった。
アナスタシアは、牢に一人、自分の人生を考えていた。いったい自分の人生は何だったのかと。
母親と姉の言いなりに過ごしてきた日々。
なんてくだらない人生なのだろうか。
ただ、このまま処刑されれば、なんて意味のない人生かと。物語で言えば、ほんの一、二行出てくるような脇役しかも悪役でしかない人生だ。
そこからの記憶は、あいまいでしかなかった。
事態が目まぐるしく変わるからだ。
突然、牢から解放されたかと思うと、妹の結婚式の準備が執り行われ。しかも相手は、国王。
生半可な準備ではない。
結婚式にも出席しているが、その時の記憶すら曖昧だった。
「おめでとうなのか?」
血色に染まった頭巾を被った少女が、結婚式の後に行われたパーティーで王妃エラに言った。
ここに招かれているという事は、それなりの身分の女性ではあるのだろうが、パーティーにふさわしい人間とは見えなかった。
しかし、誰一人として、彼女を不審に思う人は居なかった。彼女を知らないものは、この世には存在しない。それ程の有名人だった。
「ブラッディフッド、私の結婚式の為に、わざわざありがとうございます。」
「古い馴染みの娘が結婚するんだ。顔を出すのが当たり前だろ?」
「あなたの元を訪れようと思っていましたが、こういう事になってしまいました。」
「人生、何があるかわからないからね。」
そう言ってブラッディフッドは笑った。
パーティーでは、様々な人がエラに挨拶をする。
国はこの世には2つしか存在しない。
エラたちのサンドリヨン王国と隣国のヴィルドンゲン国の二つ。
パーティーにはヴィルドンゲン国の女王が訪れていた。
「結婚おめでとう、エラ。」
「これはマルガリータ女王。恐れ入ります。」
「何か困ったことがあれば、いつでも力になります。そうそう、あなたの姉の件ですが、構いませんよ、我が国で面倒を見ましょう。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
「来賓という訳にはいきませんが、王城の侍女で構わないならですけど?」
「はい、宜しくお願いします。その間に嫁ぎ先を探そうと思っていますので。」
「エラは優しいのですね。私なんか女王になった時は、罪もない義妹と義弟を処刑したというのに。」
「それは、王位継承権の問題もあったからですよね?」
「ええ、もちろん、そうよ。」
「姉には、王位継承権はありまえんので。」
「そうだったわね。まあいいわ。我が王城でしっかりと花嫁修業をさせておくから、安心しなさい。」
「ありがとうございます。」
エラは深々とお礼をした。
こうして、アナスタシアは、ヴィルドンゲン国で花嫁修業をすることになった。