悪役令嬢はお休み中
ヴィルドンゲン国女王の元に、魔術師協会の会長が訪れた。
「陛下、何卒、魔術師協会をお救いください。」
「何の事でしょう?」
マルガリータ女王は薄ら笑いを浮かべた。
「陛下が、魔術師協会を快く思ってないことは承知しております。」
マルガリータを亡き者にしようとしていた義母は、魔術師協会も手中に収めていた。マルガリータにとって魔術師協会は旧敵といえる存在だった。
「今回の騒動に手を貸している者、更には関係者のリストになります。」
そう言って、リストを女王へと献上した。
「ほう、ガンダルフ、あなたの息子どころか、孫もリストに入っているわよ。」
「今回の件、実に魔術師協会の6割の人間が加担しております。嘆かわしい事です。」
「4割を見逃せと?」
「陛下は、これを機に魔術師協会を一掃する気でしょう。そうされても文句は言えません。ですが何卒。」
「4割を守るために、孫まで差し出すと?」
「悲しいかな我が孫も、此度の件に加担しています。その名前が無ければ陛下も納得しないでしょう。」
「なるほど。禁忌を犯す魔術師協会を私に見逃せというわけですね。」
「何卒。」
深々と伏礼をする魔術師協会会長ガンダルフ。
「まあいいでしょう。で、愚か者どもは誰を生贄にするつもりですか?」
「それが、かのブラッディフッドの弟子を・・・。」
「正気の沙汰とは思えませんね。」
「もはや、止まらない所まで行っております。」
「私は4割を見逃すと言いましたが、ブラッディフッドが見逃してくれるとでも?」
ガンダルフは首を振った。
「ブラッディフッドと出会ったときは、命を捧げよと通達するつもりです。」
「賢明な判断ですね。ただ、ブラッディフッドの弟子に何かあってからでは、我が国にも被害が及ぶ可能性があります。」
「動きがあれば、直ぐに陛下にお知らせします。」
「頼みました。しかし、あのブラッディフッドに弟子が居たとは・・・。面倒なことにならなければいいのですが。」
「ようやく眠らせたようだな。」
カインが魔術師に向けて言った。
「ありえない、眠りの魔法が効かないとは。」
眠りの魔法を気付かれないようにアナスタシアにかけても、一向に効く気配がなく、仕方なく夕食に睡眠薬を混ぜ、更には、寝静まった後に、眠り粉を振りかけるという2重の策を講じて、ようやく深い眠りにつかす事に成功した。
「生贄になるだけのことはあると言うことだろう。」
「しかし、この娘、そんなに魔力があるようには思えないのだが。」
「それは俺たちの知った事ではないだろう?」
「そうだな。」
カイン達は、魔術師協会から懸けられた多額の懸賞金目当てで、アナスタシアを仲間へと誘い込んだ。
「後は、ヴィルドンゲン国の魔術師協会に届けるだけだな。」
「ああ、これだけで、あの懸賞金とは、魔術師協会も羽振りがいい。」
「まあ気を抜かずに行くぞ。何せブラッディフッドの弟子だからな。最悪の事態も想定しないとな。」
「どうするんだ、カイン?ブラッディフッドに出会った場合は?」
男のアタッカーが聞いてきた。
「保護したとか、仲間にしたとか適当に、誤魔化すさ。もちろん懸賞金は諦める。」
「わかった。」
「命あってこそだろ?化け物を相手にして勝てるくらいなら、俺たちは、とっくにA級入りしてる。」
カインの言葉に、仲間全員が頷いた。
その後、眠ったアナスタシアをヴィルドンゲン国の魔術師協会に届けたカイン達は、多額の懸賞金を手に入れ、ヴィルドンゲン国を後にした。
「しかし、これが核となるのですか?」
魔術師の一人が言った。
「魔力はどうだ?」
「普通というか、冒険者の魔術師より下です・・・。」
アナスタシアは、眠ったまま、魔法円の上に置かれていた。
「今更、引き下がるというのか?」
「ブラッディフッドの弟子だぞ?こんな魔力の核で作ったブラックオニキスでは、何の役にも立たないではないか?」
ここで言うブラックオニキスとは人を核とした魔石の事であり、その製造は禁忌とされている。
「どうする?」
魔術師たちの間に迷いが生じる。
「このまま何も無かった事にするのが一番では?」
「むう・・・。」
本来であれば、絶大な魔力を持つものを核としたブラックオニキスを作成し、その魔石の力を持って、ブラッディフッドさえ退ける予定であったが。
「最悪、魔術師協会、そのものが無くなるぞ。」
「仕方あるまい、この魔力量では・・・。」
「もう、おそい。」
誰ともなく発せられたその言葉の後に、大量の弓が放たれ、魔術師たちが次々と死んでいった。
「な、何奴。」
「王立騎士団だ。」
「じょ、情報が洩れていたというのか。」
「そう言うことだ。」
「魔術師協会はどうなる。」
「安心しろ、皆殺しだ。」
そう言って、騎士は笑い、魔術師を刺した。
「う・・・私は・・・なんというあやま・・・。」
懺悔を告げた後、魔術師は息絶えた。
「嘘だ。ってもう死んでるか。ブラッディフッドの弟子を丁重に王宮へ運べ。」
「はっ。」
「き、騎士団長。」
「何だ?」
「た、大変です・・・。この娘。」
「ま、まさか、死んでいるのか?」
騎士団長は焦って、アナスタシアの元へと駆け付けた。
「どうした?」
「も、元侍女のアナスタシアです・・・。」
「何?間違いないのか?」
「はい、間違いありません。」
「よし、わかった。とりあえず丁重に運べ。陛下には俺から伝えておく。」
王宮に運び込まれたアナスタシアを女王、大臣、魔術師協会会長の3人が囲むようにして見下ろした。
未だ眠ったままだ。
「この姿は、旅の娼婦でもやっていたのでしょうか?」
大臣が言う。
「そうですか、大臣には娼婦の様に見えますか?」
女王が聞いた。
「ええ、まあ。」
「ガンダルフはどう思いますか?」
「見た目は派手ですが、おそらくは火ネズミの皮が使われており、裁縫したのはドワーフでしょうな。」
「なんとっ!」
大臣が驚いた。
「この服は、元々、私の為に作られたものです。」
女王がそう言うと、大臣の顔が蒼白となった。
「じょ、上品な美しさが何とも・・・。」
何とか挽回しようと頑張る大臣。
「そんなに気にしなくてもいいですよ。私も派手すぎると断った服なのですから。」
「陛下の為と言うと職長が作られたので?」
ガンダルフが聞いた。
「ええ、そうです。ドクが最近王宮に顔を出さないと思っていたら、こういう事だったのですね。」
「というと?」
ガンダルフが聞いた。
「先日、私宛にアナスタシアの遺品が届けられました。」
「なるほど、陛下に嘘を言っていた訳ですな。」
「大臣、ドクにもう嘘はバレたから、遠慮なく王宮に顔を出すよう伝えて貰えますか?」
「畏まりました。アナスタシアの方は如何いたしましょう?」
「眠らせたまま、サンドリヨン王国へ運んでください。エラ王妃には私から連絡しておきます。」
「畏まりました。」
「ガンダルフ、孫くらいなら見逃すことも出来ますよ?」
ガンダルフは首を振った。
「親を殺されたと禍根を残すことになります。それに他の協会の人間に示しがつきません。」
「あなたの覚悟、しかと受け取りました。魔術師協会が正しき道を進むよう務めてください。」
「ありがたきお言葉、肝に銘じておきます。」
ガンダルフは深々と頭を下げた。