アナスタシアにお任せあれ
今までに放ったことがない威力の魔法を放った結果、興奮が冷めず寝不足になってしまったレダ。
パン屋の朝は早く、眠たい目を擦りながら、お店へと向かった。
お店につくと女将さんが。
「うちの旦那が腰をやってしまってね。」
「えっ?」
「まあ、とりあえず朝用のパンを仕込もうか。」
二人は大忙しで、朝の仕込みを終わらせると、パンを売り切った。
「問題はランチだね。レダの知り合いで手が空いてる人は居ない?」
「今日は、レオースもイアンも仕事で。」
「だよねえ。パンは何とかなったがランチは・・・。」
「あ・・・、一人だけなら。」
「本当かい?」
「でも料理は出来ないと思いますよ?」
「猫の手も借りたいからね。今から直ぐに連れてきてくれる?」
「わ、わかりました。」
「私は仕込みをやってるから、出来るだけ早く戻ってきておくれ。」
「はいっ!」
そう言って、レダは町中を探し回り、アナスタシアを酒場で見つけてお店に戻ってきた。
「さあ、レダ。私に助けてほしいことは何?」
「実は、この店の旦那さんが腰を痛めて休んでて、お店の一大事なの、力を貸して!」
「・・・。」
期待していたものとは、全く違った。
「レダのお友達かい?」
「ええ、アナスタシアって言います。」
「もしかして、ジャイアントラットを討伐した、あの?」
羨望の眼差しで、アナスタシアを見る女将さん。
「私がアナスタシアよ。」
直ぐ調子にのるアナスタシア。
「そんな方に、頼むのも気が引けるんだけど・・・、下拵えを手伝ってもらってもいいかね?」
「お安い御用よ!」
そう言うと、直ぐに下拵えの準備に取り掛かった。
「う、うそ・・・。」
アナスタシアの華麗な包丁さばきを見てレダは驚きの声をあげた。
「女将さん、こっちの肉はどうするの?」
「それは筋が多くてね。今日は間に合いそうにないからメニューを変えようと思ってね。」
「勿体ないわ。私が筋切りするから、予定通りのメニューにしましょう。」
この世界、冷蔵庫があるわけではない。
肉の保存も限られている。
アナスタシアは、手際よく肉を下拵えしていった。
何とか、修羅場を乗り切り、営業が終了すると女将さんは、アナスタシアに感謝を述べた。
「あんたが居てくれて助かったわ。ただの冒険者じゃあないと思っていたけど、料理も出来るスーパー冒険者だったのね。」
「いやあ、それ程でも。」
ちやほやされるのが大好きだが、ちやほやされるのに、全く慣れていないアナスタシア。
「うちの旦那が、当分、店に出られそうになくてね。困ってるんだよ。」
「ふっ、このアナスタシアに任せておきなさい。」
「本当かい?すごく助かるよ。いやあ本当。」
女将さんに煽てられ、終始、デレデレとしていた。
その日の夕食も4人は、酒場で取っていた。
「ちょっと、何で私がランチの手伝いをしなくちゃならないのよっ!」
ようやく我に返り憤慨するアナスタシア。
「そりゃあ、今日は私が悪かったけど、明日以降は自分でやるって言ったんじゃない。」
「アナスタシアさんって、料理も出来たんですね。」
レオースは尊敬の目でアナスタシアを見た。
それに対して、ちょっとイラっとするレダ。
「当然でしょ?料理は、冒険者の必須スキルよ。」
鼻高々にいうアナスタシア。
「さすがアナスタシアだな。冒険者をわかってる。」
酒場もひと段落ついて、酒場の親父が口を出してきた。
「当然でしょ?おじさんも元冒険者だけあって、料理はまあまあね。」
「まあまあって何だよ。そこは美味しいと言っとけよ。」
「え?おじさんって元冒険者なの?」
レダが聞いた。
「あれ?お前たちには言ってなかったっけ?」
「初耳だよね?」
イアンが言った。
「僕たちは聞いてないです。」
「そうかそうか、まあ大した冒険者じゃなかったからな。」
「そりゃあそうでしょ。今は酒場の親父なんだから。」
アナスタシアが言った。
「そりゃあ今はしがない酒場の親父だがな。俺だって昔はフールに憧れて・・・。」
遠い昔に思いをはせる酒場の親父。
「ちょっと、おじさん。何処に憧れてるのよ。」
「なんだ?アナスタシアもフールに憧れてるんじゃないのか?」
「あんな、おっさんに憧れる人なんていないでしょっ!」
「だって、さっき冒険者に料理は必須スキルって言っただろ?」
「だから?」
「あれって、フールの言葉なんだぜ?知らなかったのか?」
「・・・。」
「まあフールは人に嫌われてるから、憧れる奴も少ないわな。」
「フールって人殺しのフールでしょ?何で憧れるの?」
レダが言った。
「あのなあ、フールが人を殺すのは、そいつらが獣人とかの多種族を襲うからだ。無差別に人を殺す訳じゃない。」
「獣人が襲われる?獣人の方が人より強いのに?」
アナスタシアが疑問に思ったことを口にした。
「獣人は数が少ないからな。だから反撃をしない。」
「なんでよ?」
「獣人狩りが行われるから・・・。」
ボソッとイアンが言った。
「獣人狩り?」
「人は罪深く、強欲で残虐である・・・。」
「エイル教の一節?」
「うん。」
「昔な。野盗が獣人の村を襲ったことがあったんだがな。獣人の反撃にあい、何人かの野盗が死んだんだ。それが原因で獣人狩りが始まった。」
酒場の親父が昔話を始めた。
「は?野盗が死んだだけで?」
「問題は野盗が死んだ事じゃない。人間が獣人に殺された事だ。」
「意味わからないんだけど?」
「人が獣人に殺された。その事実だけが広まり、獣人狩りに発展したんだ。」
「何なの・・・それ・・・。」
レダが言った。
「結局どうなったの?」
「フールが激怒して、獣人狩りした奴らを全滅させたんだ。」
「へえ、あのおっさん、いいところあるのね。」
「まあな。でもまあ、それ以来、人殺しのフールとか人間の敵フールとか言われるようになったがな。」
「私、そんなことも知らずに人殺しのフールって言ってたんだ・・・。」
「まあ、古い話だからな。若い奴は知らねえよ。まあエイル教の僧侶なら、話は知ってたか。」
「う、うん。」
イアンが頷いた。
「エイル教は罪は許される、だが決して忘れてはならないってのが教えだから。」
「あの、そのフールさんと料理に何の関係が?」
レオースが聞いた。
「フールってのは人類最強のナイフ使いでな。料理の腕も一流だったわけよ。」
「なるほど、フールに憧れてたから、このキラーボアの肉が柔らかいのね。」
「ふっ、さすがアナスタシアだな。普通に下拵えしたんじゃあ食えたもんじゃないからな。筋切りはフールの専売特許よ。」
「今日のランチ、お肉が柔らかく美味しいって評判だったけど。アナスタシアが下拵えしたからなのね。」
レダが言った。
「なっ、アナスタシア。お前は生粋の冒険者だろ?商売敵を手伝ってんじゃねえよっ!」
「何で酒場とランチのお店が商売敵になるのよ?」
「うちもランチやってんだよっ!」
「でも、親父さん。ここは、こってりでがっつりなんで、レダの所とは被らないと思いますよ?」
偶に酒場でランチをとっているレオースが言った。
「ま、まあな・・・。」
その日の晩、寝室にて。
「アナスタシアは、明日お昼前に来てくれたらいいから。」
レダは、そう伝えて寝ようとした。
「ねえ、レダ。」
「ん?」
「レダは、レオースの事が好きなの?」
「ななななななんあなああああああ。」
「そっか、好きなのね。」
「ち、違うから。違います。」
「なんだ、違うのね。じゃあいいわ。」
今度は、アナスタシアが寝ようとした。
「ま、待って。も、もしかして・・・アナスタシア、あなた・・・。」
「何?」
「レオースのことが、好きになったの?」
「はあ?私はこう見えて、貴族なのよ?あんな平凡な男なんて眼中にないわっ!」
「へ、平凡で悪かったわね!レオースにだっていい所が一杯あるんだから!って・・・き、貴族?」
「そうよ?」
「何で貴族が冒険者なんてやってんのよ?大体、貴族が料理出来るなんておかしいでしょ?」
「色々あるのよ。」
「・・・。」
たった一言で終わらせてしまった。
「レオースの事、もし私が好きだったらどうなのよ?」
「レダ、貴族って普段なにしているか、噂くらい知ってるでしょ?」
「普段は、人の悪口と恋バナしてるって聞いてるわ。こ、恋バナっ!!!」
「私は数多くの恋バナを聞いてきてるのよ。もしレダがレオースの事を好きって言うなら、力になってあげようと思っただけ。ただそれだけよ。ふあああ、もう寝ましょ。」
アナスタシアは、軽くあくびをして、布団を深く被った。
がバッ。
突如、レダが、アナスタシアの布団に潜り込んできた。
「アナスタシア。あなたの事をお、お姉さんって呼んでいい?」
「ご、ごめん。レダ。私そっちのけは無いから。」
「わ、私の恋を応援してください!」
「何だ、やっぱり好きだったのね。」
「う、うん・・・。」
コクリとレダは頷いた。