最底辺
新たな物語も始まることもなく冒険者パーティーをクビになり、あてもなく放浪していたアナスタシアは、路銀も使い果たし、困り果てていた。立ち寄った酒場の掲示板の前で佇む。
酒場の掲示板には、色々な仕事の依頼が貼られていて、酒場で何か注文すると、その依頼を受けることが出来るシステムになっている。
ぐぅ~。
アナスタシアのお腹が鳴った。
そう言えば、最近何も食べてないような?
「あ、あのう。良かったら食事でも?」
偶々隣に立っていた若い男が声を掛けてきた。
冒険者には似つかわしくない赤くヒラヒラのついた服を着ているアナスタシア。
全体的にも真っ赤で、見た目は娼婦に見えないこともない。
いや、実際、何度もデリカシーのない男に声を掛けられている。
「あっちに仲間がいますので、よかったら一緒に。」
そう言って若い男が指す方を見ると、テーブルには若い女性と小太りの男性が座っていた。
どうやら冒険者パーティーのようだ。
空腹に耐えかねたアナスタシアは、そのテーブルへと向かった。
「ちょっとレオース、依頼を見に行ったのに、何で女性を引っかけてくるのよ!」
テーブルに座っていた女性が、若い男性に苦情を言った。
「てか、しょ、娼婦?ねえ、レオース、怒るわよ、私!」
「ち、違うよ。お腹が空いてるようだったから食事でもと誘っただけだよ。」
「ナンパじゃないのっ!あんたにそんな甲斐性があったなんて、初めて知ったわ。」
「まあまあ、レダ。レオースがそんな事出来ないのは、幼馴染の俺たちならわかるだろ?」
小太りの男性が女性を落ち着かせた。
「そう言えば名前を聞いてませんでしたね?」
「私はアナスタシアよ。」
「僕はレオースと言います。奢りますので、好きなものを頼んでください。」
そう言われるとアナスタシアは、酒場で遠慮なしに食事を頼んだ。
「私はレダよ、こっちがイアンよ。」
女性がアナスタシアに挨拶した。
「んももんぐ。」
「・・・、挨拶は食べ終わってからでいいわ・・・。」
暫く食事にありつけてないアナスタシアは一心不乱に食事に没頭した。
「ねえ、レオース。私たち、この街にきて暫く経つけど、何の依頼もこなせてないのよ?大人しく3人で田舎に帰った方がよくない?」
「ここは、まだバイトがあるし、僕たちの田舎じゃあ仕事という仕事がないよ・・・。」
貧しく小さな村で育った3人は、田舎では仕事がなく、仕方なく冒険者として旅をしていた。
しかし、冒険者としては、全く力がなく、バイトで食いつないでいるのが現状だった。
「ふっ、お困りのようね。」
食事を終えたアナスタシアが、言った。
「困ってたのは、あなたの方じゃないの?」
「困ってなんてないわ。ただお腹が空いてただけ。」
「・・・。」
「先ほど掲示板を見ていたのだけど、ジャイアントラット位なら狩れるんじゃないの?」
「私たちには無理よ。」
「たかだかネズミでしょ?」
「あ、あのう、アナスタシアさん、ここのジャイアントラットは、結構大きいですよ?」
「犬とか猫くらいかしら?」
「人より大きいですね。」
「・・・・。」
「大体、報酬見たらわかるでしょ?3万よ3万ゴールド。普通の大きさのジャイアントラット2匹に、こんな額が出る訳ないでしょ。」
「な、なんで、そんな巨大なネズミが・・・。」
「知らないわよ。」
「2匹ってことは、つがいだと思うんだよね。早く駆除しないと・・・。」
イアンが言った。
「他の冒険者は?」
「大した依頼が無いから、ここんとこ見ないわね。」
「なら、私たちがやるしかないわね。」
「ちょっと待って、何?私たちって?」
「冒険者なんでしょ?」
「い、一応。」
「じゃあ、やるしかないでしょ!」
アナスタシアは強引に依頼を引き受けた。
たんまりと食事を頼んでいるので、酒場の親父も機嫌よく依頼を仲介してくれた。
「あのね、アナスタシア。最初に言っとくけど。私たち弱いわよ。」
「弱いと言っても冒険者なんでしょ?職業は何?」
「僕が剣士で、レダが魔術師、イアンが僧侶です。」
「定番が揃ってるじゃない。」
「といっても見習いも見習いだけどね。」
レダが言った。
「それでも魔術師と僧侶なんでしょ?」
「名前だけよ、それに力があるなら、ジャイアントラット狩りなんて、とっくに終わらせてるわよ。」
「そんな、謙遜しちゃって。ちなみに冒険者パーティーのランクでいったら、どの位かしら?下の中くらい?」
「何言ってんの。今まで依頼なんて一つもこなしたことないんだから、最底辺に決まってるでしょ。」
「さ、最底辺・・・。」
「そ、わかったら、さっさと依頼を断りに行きましょ。あれだけ食べ物を頼んだんだし、怒られることもないでしょ。」
「だ、大丈夫よ。私が居ればきっと!」
「そもそも、アナスタシアの職業は何よ?」
「なんだろ・・・あえて言うなら舞踏家?」
「へえ、武闘家なんだ。見た目とイメージが随分と違うわね。」
「そうかしら?」
舞踏と武闘で、お互い噛み合ってないのに気が付いていない。
「まあいいわ。ここのジャイアントラットは巨大だから遠くからでも見る事は可能よ。あれを見たら、あなたの考えも変わるわ。」
そうして、4人でジャイアントラットを見に行くことにした。
「で、でかっ。そしてキモっ。」
ジャイアントラットは平屋よりも大きく、そしてモフモフ感は一切なく、ネズミネズミしていた。
「ねえ、ちょっと大きくなってない?」
平屋より大きいジャイアントラットを見て、レダが言った。
「森の木々を使って巣を作ってるんじゃないか?あれ。」
イアンが言った。
「まずいね、街の人に伝えよう。」
「待ちなさい、必要ないわ。」
「必要ないって、アナスタシアさん?」
「私たちが討伐するのよ。」
「ど、どうやって?」
レダが聞いた。
「いい、まず剣士とドワーフの人が、あの2匹を誘い出すの。」
「一応聞いておくけど、ドワーフの人って俺の事?」
「そうよ。」
「俺、人間だから、そして僧侶だからっ!」
「そんな事、今は、どうでもいいでしょ?」
「は?」
「男でしょ、あんた。」
「そ、そうですが・・・。」
「だったら体張りなさい。」
無茶苦茶な理論にイアンは押し黙った。
「で、あの2匹をおびき寄せたところで、レダの魔法で一発よ。」
「ねえ、アナスタシア。」
「何?」
「色々ツッコミどころが満載だけど、この際置いといて、
私の魔法で、アレをやるのは無理よ。」
「魔法使えるんでしょ?」
「まあ、使えるけど?」
「何が使えるの?火?風?」
「まあ、ウィンドカッターくらいなら。」
「いいじゃないそれで、ネズミをぶった切れば。」
「言っとくけど、私のウィンドカッターは、そよ風だからね。」
「な、夏には便利だよね。」
レオースがフォローした。
「・・・。」
アナスタシアは言葉を失った。
「だから、何度も最底辺って言ってるでしょ?そもそもこの作戦、あなたは何するのよ?」
「私は、レダの隣に居るだけよ。」
「「「・・・。」」」
3人が絶句した。
「言っておくけどね、私の言葉には力があるのよ。」
「ち、力って言われても・・・。」
レダが呆れたように言う。
「私の言葉には、あのアムールの歌と同じ効果があるのよっ!」
「アムールって伝説の歌姫のこと?」
イアンが聞いた。
「そうよ。」
「じゃあさ、私のそよ風が、少しくらいは、強い風くらいにはなるの?」
「それは、わからないわ。」
「あのねえ、アナスタシアは私の隣に居るって言ったわよね?」
「ええ、そうよ。」
「もし、多少強い風が出たとしても、ジャイアントラットに大したダメージ与えられなかったら、私たち、ネズミに轢かれるんじゃないの?」
「大丈夫よ、その時は私が2匹を倒すから。ネズミは嫌いだから嫌なんだけど、そうなったら仕方ないわ。」
「目に浮かぶんだけど、無残にネズミに轢かれた自分の姿が・・・。」
「ちょっと、魔術師なんでしょ?もっと自分の力を信じなさいよ。」
「自分の力を知ってるから、言ってるのよ。」
「それに町の人たちに言ってどうなるの?今は他の冒険者は居ないのよ。」
「そ、それはそうだけど。」
「よしやってみよう。僕とイアンでネズミを引き付けるから、レダのウィンドカッターで。もし失敗したら、全力で逃げよう。」
「そ、そうね。全力で逃げれば何とか・・・。」
こうして、いかにも失敗しそうな作戦で、ジャイアントラットを討伐する事になった。