37話
身長の低い俺が大人のバルツァー将軍を見上げるので、必然的に上目遣いになる。
あざといことを自覚したうえで、後ろ手に手を組み一歩バルツァー将軍の方へと歩み寄ってにこりと笑いかけた。
「なんてね!驚きました?」
先ほどまでのわざとらしい笑みからできるだけ自然に見えるようにふわりと笑って見せる。
「は、ははっ。お聞きしていたよりも随分とご聡明でいらっしゃる。」
笑顔の俺に対し、バルツァー将軍の表情は硬い。
「ふふっ。そう言っていただけると嬉しいですね。まあ、というわけで、俺もレアンドラ嬢をすぐに保護できなかったので別にお礼はかまいませんよ。」
「…………どうも。」
俺の言葉にバルツァー将軍はやりにくそうに一瞬表情をゆがめたものの、すぐに笑顔に戻った。
「しかし、ライモンド様は普段表に出てこられないので、こうやって話すのは初めてですね。いやはや………、見事なまでにオストの黒とチェントロの緑を引き継いでいらっしゃいますな。社交の場に出られれば、きっと皆の視線を集めることになるでしょうね。」
王宮で、俺のこの色に対して向けられる言葉がただの称賛の言葉なわけがない。
値踏みをするような視線を真っ向から見つめ返す。
「バルツァー将軍もそう思われますか?母上の色と父上の色ですので俺も気に入っているんです。」
「ははっ。左様で。」
「ええ。よく、褒められるんです。」
ええ、褒められるんです。
主に兄様たちに、ですけど。
だからと言って、それをここでバルツァー将軍に伝えてしまっては面白くない。
現状、俺は兄弟の中で唯一フェデリコ兄様以外で王になる可能性のある危険因子だ。
ベルトランド兄様はすでに王宮から離れ学園という独立した場に根を下ろしている。
そこから今更王位継承を狙うのは人望も功績も不十分。
アンドレア兄様は王宮にいるものの、フェデリコ兄様を王へと押し上げる貴族の筆頭だ。
それをカリーナ派、つまりフェデリコ兄様を王にしたい貴族たちも理解している。
オルランド兄様は他国へと婿入りするのだからとりあえず今回の王位継承の問題に関わることはない。
ジョン兄様とジャン兄様は、言い方はものすごく気に入らないが、混じり物だ。
純粋な亜人ならともかく、今まで欠陥品ともよばれていた混じり物を王に推す酔狂なものなどいない。
まだ幼く、しかもオストの黒い髪とチェントロの緑の瞳を継いでいる幼い俺は、不確かで、そしてフェデリコ兄様を王にしたいものからすれば危険なのだ。
だから、フェデリコ兄様を王にしたいカリーナ派は俺のことを懐柔したいし、そうじゃないやつは俺を使ってフェデリコ兄様を王太子の座から引きずり降ろし権力を握りたい。
でも、まだ幼く味方が現状マリアとキュリロス師匠しかいない俺ではどちらの派閥も抑えられない。
ちなみに、兄様たちはそもそもカリーナ派の中枢を担う人物なので、兄様たちの個人的な感情は置いといて、俺の味方にはなることができないという悲しみ。
まあ、それは置いといて。
ならばどうやって自分の身を守るのか。
「ほお?それは誰に?」
わずかに警戒を含んだその視線ににやりと笑み深め、立てた人差し指を口元に持っていく。
「ふふっ。俺に興味があるんですか?バルツァー将軍。でも内緒です。………急いては事を仕損じますよ?俺、仲良くない人とお話するほど迂闊じゃないつもりなので。」
「………これは、これは。ご忠告痛み入ります。」
子供に、しかも自分の娘と同じ年の子供にこんなことを言われてむかつかないはずもないだろう。
考えても見てほしい。六歳と言えば小学一年生か幼稚園の年長さんだ。
そんなクソガキに迂闊乙wと笑われるんだ。俺ならキレそう。
顔に出さなくても絶対内心ビキビキする。
だけど、同時にバルツァー将軍は俺の言葉にある種の危機感を抱くだろう。
俺が仲良くしている人物とはいったい誰なのか。
ともすれば、俺の発言はその仲良くしている人物からの入れ知恵ではないかと勘繰ることも考えられる。
ではその人物はいったい誰か?
兄様たちからならバルツァー将軍はカリーナ派なのだから隠す必要ない。
他にも考えられる選択肢はいくつかあるのだろうが、その中でも一番現実的で、最もバルツァー将軍含むカリーナ派にとって都合の悪い相手とは?
マヤ派の貴族だよね。
しかもこれに関しては俺の世話係であるマリアが元々母上、つまりマヤ様の側付きにとあてがわれた貴族なので信ぴょう性も増す。
俺をマヤ派が取り込んだ可能性。これがただの悪い想像ならいいが、事実だったら?
最悪の事態を考えれば、それが事実か確かめなければならないし、事実ならばどうにかその事態を挽回しなければならない。
安全保障のジレンマとはご存じだろうか?
簡単に言えば、A国が自国の安全を考え近隣のB国よりも強い力を持とうと軍強に踏み切れば、それがB国にとっての脅威となり、B国はA国に対抗できるようにそれ以上の軍強に踏み切る。
結局B国の軍事力がA国を上回るので、A国の脅威は依然存在し続ける。
簡単に言えば、自国の安全のための行動が自国の危機を増幅させ、それがイタチごっこのように繰り返されるっていうやつ。
この後バルツァー将軍は自分たちの派閥の不安要素を取り除くためにマヤ派の貴族に探りを入れるだろう。
探られればマヤ派の貴族だって黙ってはいない。
なぜ、今のタイミングで、カリーナ派が動き出したのか。マヤ派だって馬鹿じゃないのだからその理由を探ろうとする。
しかし、それはカリーナ派からすれば疑惑を確信に変える出来事でしかなく、さらに詳しいことをさぐろうとし始める。
そうなればまさに安全保障のジレンマで説明されているようなイタチごっこの始まりだ。
自分で自分を守る力がなく、対立する二つの派閥があるならば、しかもその二つの派閥が自分を狙う脅威ならば、その二つの派閥をぶつかり合わせればいい。
俺の思惑はどうやらうまく作用したようで、バルツァー将軍の表情は険しい。
だからもう一押し。
「バルツァー将軍。」
「………どうなさいましたか?ライモンド様。」
無理に作った笑顔を俺に向けるバルツァー将軍に、ちょっとばかし声を潜めて子供っぽく、内緒話をするみたいに言葉を発する。
「詮索しちゃ、いやですよ?秘密って約束なんです。」
「ははっ。左様で。」
子供らしく、あざとくね。
詮索しちゃだめなんて、フリだよね。秘密も、隠すべきものがなきゃ秘密にはならないんだよ?
ま、探られても出てくるのは俺と兄様たちが仲いいっていう事実だけだけど。
バルツァー将軍。ぜひ、ありもしない秘密を探って俺を危険から遠ざけてくださいね?
シリアス………っ!?
とみせかけて別にシリアスにする気は今のところない。
なぜなら、私だとこれが限界だから、これ以上発展させたくない!
安全保障のジレンマに関して追記
本来はイタチごっこの末、最終的にどっちも望んだ訳では無く自国の安全の為に動いただけなのに、逆に国同士が衝突する可能性を増やしちゃった。
までが説明




