2話
「ライモンド。あなたはこの国の次期国王ですわよ!いいわね、このオスト帝国第一皇女たるわたくしの息子なのだから、たかだか公爵家の女の息子に負けるなんて許しませんからね!」
「だう。」
母親のマヤさんはこの三か月の間、上記のようなことを延々と俺に言って聞かせている。
マヤさんは黒く長い髪にキリッとした綺麗なグレーの瞳を持つ美人だ。
かなりの美人なのだが、どうしてもその発言や立ち居振る舞いから少女のような印象を受けるがまごうことなき大人の女性である。
つまりこの人から知ることができる情報は俺には兄弟がいるらしいということと、父には母以外のお嫁さんがいるということだ。
うらやまけしからん。
「ライモンド。元気にしてたかい?お父様でちゅよー!」
「あうあ…………。」
「どうちたのかにゃ?ライモンドくんはご機嫌斜めかにゃー?」
このふざけた話し方の男がここ中つ国ことチェントロ王国の現国王であるアブラーモ・チェントロ。俺の今生の父親だ。
背中の中ほど辺りまである真っ赤な燃えるような髪を後ろになでつけ、後頭部の低い位置で一つにまとめている。
その瞳はペリドットのようにきれいな緑をしており、自分を見つめる目にはあふれんばかりの愛情が見て取れる。
しかし彼の愛情表現の一つなのか俺に話しかける時の口調は、非常に、なんというか、馬鹿にされた気分になってしまうのもしかたがないと思うんだ。
これが国王で大丈夫なのか?と思うが、まあ子供に対してだけだろう。
父は、僕のライモンドがかわいい!としか言わない。
このように、母は国王になれとしか言わないし、父は可愛いしか言わない。
とてもじゃないが世界の内政がどうのこうのと言うことを知ることなどできるわけがない。
ではマリアはどうなのかというと。
「よろしいですか、ライモンド様。マヤ様はああおっしゃっておられますが、このマリアはあなた様自身に選んでいただきたいと、そう思っております。」
「あう!」
「世界は広く、あなた様の知らないことであふれております。ライモンド様。あちらをご覧ください。」
俺の世話係になったマリアは、キャロットオレンジの髪をお団子にした女性で、綺麗な琥珀色の瞳をしている。
なかなかの美人で、性格もいいときた。
完璧か?絶対変な男のところに嫁になんてだせない。俺が守る。
俺の認める男性じゃないと嫁になんて行かせないぞ。
そんなマリアさんが俺を抱き上げ、窓まで連れて行く。
この頃には今まではっきり見えなかった視界もだいぶんクリアになっていた。
生まれて幾ばくも経たない赤ん坊の視界はもっと悪いものだと思っていたが、前世の記憶がそうさせるのか、それともこの世界の常識なのかわからないが、俺が前世の記憶と折り合いをつけると同時に徐々に鮮明に見えるようになっていったのだ。
そうやってマリアさんは俺に窓から見える王都を見せてくれた。
「このままずっと東にはライモンド様のお母様、マヤ様の故郷のオスト帝国がございます。そこはここ、チェントロ王国とは違い険しい山々がいくつもあるそうです。」
マリアの言葉に窓の外に目を向けるも、平地の多いここチェントロ王国からはその険しい山々の一端も目視できない。
「その山には、神の使いともいわれるドラゴンが生息しております。オスト帝国ではそのドラゴンと心を通わせ、まるで自分の手足のように操る竜騎士が多くいらっしゃいます。」
なんと。
この世界にはどうやらドラゴンがいるらしい。
いや、魔物がいると聞いたあたりでもしやとは思っていたが、本当にいるとは!
「あうあう!」
「あら、ライモンド様はドラゴンに興味があるのですか?」
「あい!」
手を大きくふり、声をあげ、興味があることを示すとマリアはそれをくみ取ってくれたようでくすくすと笑いながら教えてくれた。
「ドラゴンは気高い生き物です。彼らは一生のうちにたった一匹の番を見つけるのです。愛情深く、仲の良い夫婦のことを竜夫婦と呼ぶのはこれに由来します。」
つまり日本でいうところのおしどり夫婦のことだろう。
実際におしどりは子育てが終わると離れる淡泊な生き物らしいが、この世界の竜はそれとは似ても似つかないらしい。
「ドラゴンは非常に愛情深く、番が死ねば生き残ったほうも必ず近いうちに亡くなります。また、ドラゴンはノトス連合王国の有鱗族の始祖とも言われています。」
有鱗族………。名前の通りなら、鱗を持つ種族ということだろうか?
ということは、ドラゴノイド?リザードマン?そういうやつらもいるのか!?
マリアの言葉だけでテンションが上がってしまう。
「だうぁ!ばぶーっ!」
「あら、今度は有鱗族に興味が出たのですか?」
「あーうっ!」
「そうですね。ではノトス連合王国のお話をいたしましょうか。」
そう言ってマリアは俺を抱えたまま部屋から出た。
この世界に生まれて早三か月、何気に生まれて初めてあの部屋を出たかもしれない。
母は国王の妻としてやるべきことがあるのか、たびたびあの部屋からいなくなる。
父はこの国のトップなので当たり前かもしれないが、あの部屋に来ること自体がまれだ。
そしてマリアはまだ小さい俺を外に連れだしたくなかったのか、あの小さな、といっても俺の前世での部屋の何倍もの広さはあるのだがいかんせん世界の広さを知っている俺からしたら小さい部屋から出たことはなかった。
しかし、ついにそれも終わるのだ!
今日がお外デビューの日だ!
ルンルン気分のままマリアに抱えられて外に出ると、そこはまさに異世界だった。




